第38話 探してばかり
意識が完全に覚醒するかどうか、いつもと違う寝床の感触、ふかふかのベッドと毛布に再び沈み込みそうになりながら、突然の羞恥心に跳ね起きた。
「ああああああ」
思い出せない。思い出せないが、溢れ出してくるこれは足の指先が痺れるような、頭を抱え込んでじたばたしたい衝動に駆られる。
見ていた夢はすでに穴だらけの空白で、喜びや照れ臭さなどの感情だけが残っていて、だからこそ余計に行き場の無いもどかしさが渦を巻いている。
「すぅーー」
溜まった熱を逃そうと息を吐く。まず、ここはどこだ。このふんわりしたベッドはなんだ。高そうな壺、揺れるカーテン。知らない天井。変な高揚感。
窓の外を見ると朝日に照らされた花たちが風に揺れていて、それぞれの形で咲き誇っている。綺麗だ。
なんでここにいるんだ。たしか、緊急クエストを受けて、アダハ森林で戦ってたら、空を飛んでて、リリエールと落ちていた。
…明らかに普通じゃないことが起きたけど、一旦置いておこう。
あれから何日経った。
家で待たせてる人のことを思い焦りが滲んだ時、
「んぅ」
隣からうめき声が聞こえる。見れば小さな膨らみがそこにあった。
「…レン?」
ぼんやりとした声の主はたった今考えていた人物だった。
「ねえ、さん?」
「おはよぅ」
寝惚けているのか。リンは布団から伸ばした手をレンの指に絡めてぼーっとしている。
「姉さん?」
「はっ」
リンは慌てて手を引っ込めた。
「起きたの!?」
「う、うん。おはよう」
「お、おはよう」
少し気まずい沈黙ができて、しかしすぐに切り替えるように口を開く。
「えっと、ここは?」
「バルタザール家のお屋敷。2日前に、冒険者ギルドとこの家の人が宿に来て、レンが怪我したって聞いたの」
「…そうなんだ」
「そんなにひどかったの?」
「え?」
「わたしが来た時にはもう治ったって言われて。でも、レンは全然、起きなくて。いきなり連れて来られたけど詳しいことは教えてもらえなかったの。無茶、したの?」
正直にうんと答える。嘘をつくことは合わせた目が許さなかった。この目を見て誤魔化せるほど、俺は嘘つきにはなれなかった。
「ごめんなさい」
「…別に、謝って欲しいんじゃ、ない」
リンは目をそらして俯いてしまった。
俺もつられて下を向いてベッドの皺を見てしまう。
確かに、ここで謝るのは卑怯だ。謝ってどうにかなる問題ではないのに。それを言えば、リンは何も言えなくなってしまう。でもだからってどうすればいいか、俺には分からない。
「………」
こういう時にどうすればいいか、正解を探してばかりで、変わってないな、と思ってしまう。
しばらくもどかしい静寂が続いた。
リンは正面に寄ってきて、ゆっくりと、されど力強く俺を抱き締めた。
「おかえりなさい」
リンはいつものように、それでも初めて言った時と変わらない声音でそう言った。
それに頷いて応える。これが当たり前だとは思わない。ただいまを言える人がいる。おかえりと言ってくれて、帰りを待ってくれる人がいる。それがどれだけ幸福なことなのか。それを気づかせてくれた人にありがとうの想いを込めて、ただいまを告げた。
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