第37話 いつも願ってる





また会ったね。



そういって彼女は悪戯っぽい表情で俺を見た。



「そ、そうだね。…えっと、また、よろしく」


「よろしくね」


首を傾かせて微かに上目遣いになるその仕草に緩む頬を見られたくなくて、俺は口元を手で隠した。




テストが終わり、待ち受けていたのは席替えだった。これでもう彼女とはお別れになるかもしれない。憂鬱だった。偶々席が近かったから機会があっただけで、隣じゃなかったら話すことも減るだろう。ひょっとしたら、ゼロかも。そうなったら嫌だな。


それでももしかしたら、また隣同士になれるかもしれない。そんな期待があった。


結果は窓際の後ろから2番目の左側の席で、彼女は中央の列の1番前の右側の席だった。


またお前かよ。やった一緒だね。好き勝手にざわつくクラスメイト達が気にならないくらいには落ち込んでた。あからさまに態度には出さないけど。


途端に脱力感が襲いかかってくる。まあ、うん。こういうもんだよな。世の中。薄々そんな気はしてたよ。別にそんな期待してなかったし?もし隣だったらラッキーくらいにしか思ってなかったけど?


誰にするでもない精一杯の強がりと言い訳と張ってもいない予防線を並べ立てながら、外で降る雨の景色を見ては心を落ち着かせていた。




「先生ー、わたし目が悪いので前の席がいいですー」


突然そう言ったのは隣にいる柿原さんだった。


「あ、じゃあ私替わります」


手を上げてそう答えたのはなんと沙希だった。

隣の山田くんはえっ、と驚いた顔で彼女を見ている。


まさかまさか。


ここでサヨナラ逆転ホームランですか?


柿原さんが輝いてみえます。


お礼を言いたい。


あれ、でも、柿原さんって目悪かったっけ?


「山田くん。よろしくー♪」

「あ、ああ」


お礼を、言いたい……?


ま、まあ、柿原さんも不満が無さそうで良かった。

 


「また会ったね」



そうして俺はまた彼女と隣人になった。





恒例のテスト返却。



「何点だった?」



「92点だけど……そっちは?」



 今回のテストは今までで一番勉強したから自信があった。

 


「95点」



 まじかよ。



「まじ?今回こそは自信あったんだけど」



「ふふん。まだまだだね」



「あー悔しい。次こそは絶対勝つ」



 前回と同じやりとりを繰り返す。



「あと1年早いね」



「あー。あの結婚できる年齢がどうとかっていう」



 自分で言ってて恥ずかしくなってきた。



「違うよ」

「え」



 これは、やらかした……?



「だって100年後の世界にれん君はいないから」



 沙希は寂しそうにそう言う。



 おかしなことだけど、そのときの俺は嬉しかった。



 だって、それはつまり、俺が死ぬことを沙希が惜しんでくれるってことだから。



 でもだからってこのまま何もしないわけにもいかない。何か言わないと。何か…



 思い付かない。こういう時、さらっと状況を良くできるセリフが出てこない。100年後に生きてる自信なんてまったくないし、死ぬまで一緒にいるよなんて意味不明でわけわかんないし。



 あーとか、えっと、と言って頭を捻り続けていると、珍しくも一つだけ、ふと浮かんだことがあった。でもそれを言うには勇気のいることで。



「そんなこともないんじゃないかな?」



「え…?」



「あの、俺…………ライトノベルってやつを、よく読むんだけど」



「……?薄い本のこと?」



「んんっ!?ちょっと違うかな!?…まあ、そういうジャンルがあるんだけど」



「うん」



「異世界転生っていうのがあってさ。こことは違う世界に行ってしまう物語なんだ。そこには魔法とか魔物がいたりして。それで、俺は結構それが好きで。よく読んでたりしてる。


そりゃあ異世界にだって辛いこともあったりするんだろうけどさ、きっとそこでなら、自分の人生に本気で熱中することができて、後悔しないように努力することも、毎日が刺激的な、怠惰とか退屈なんて考える暇もない非日常な日常に飛び込むことができる。


根拠のない漠然とした理想だって分かってるんだ。現実はそんな甘くないなんて言われるけどさ。俺もそうだと思うよ。だけど、心のどこかでいつも考えてる。この教室に魔法陣が広がって召喚とか、トラックに轢かれそうな女の子を助けて転生だとか、ありえないと分かっていても、妄想することをやめられない。


何もない俺だけど、その想いだけがずっと消えずに残ってる。馬鹿なことだって言われてもさ。そんなことが起きて欲しいと思い続けていたら、いつか叶うこともあるんじゃないかと期待してしまうんだ。物語の彼らはそこにいて、俺はいつも傍観者だ。でもさ、異世界がないなんて、本当は分からないじゃないか。


俺が主人公の物語だって、ひょっとしたらあるのかもしれない。ありえないなんて思いたくないんだよ。


だから、だから………!」





ああ。俺の顔は、いま真っ赤っかだ。でも、ここまできたら言うしかない。言うんだ。



「そんな異世界で、君とまた会うことだって、あるかもしれない。あって欲しいと、そう、いつも願ってるんだ」



沙希はポカンとした顔で呆然としている。



言ってしまった。



支離滅裂で、自分でも何を言ってたか思い出せない。



彼女は彫像のように動かず、ふと、静かに頬を涙が伝った。



「なに、それ……」



「え、あ、これは、その」



途端に冷静になってしまった。でも彼女は泣き笑い見たいな、ぎこちない笑みだったけれど。



「ねえ、分かってる?」



「な、何が?」



「それ、プロポーズより重たいセリフだってこと」



「あ、ああ、ああああああ」



がつんと机に頭をぶつける。やってしまった。ほんとだよ。まるで告白みたいじゃないか。しかも相当拗らせたかなり痛めの。し、死にたい。今人生で一番転生したい。誰か俺を召喚してくれ。



「くすくす。でも嬉しかったよ」



「へ?」



「私も、異世界転生?したら、れん君といたい」



「え?」



「君がいない世界なんて考えられないよ」



今度は別の意味で顔が真っ赤っかだ。のぼせたみたいに頭がくらくらする。



「さっきのお返し」



彼女は天然なのかそうでないのか、こういう事をはっきり言う。勘違いしてしまう。



「この前はさ、つまらないって言ったけど、それはれん君がそう思っているだけで、私はれん君といるのがおもしろいよ?」



もう勘弁してくれ。キャパオーバーだ。



湯上がりのタコみたいに真っ赤になって突っ伏す俺と、それを見て楽しげに泣き笑う彼女の、こんな日常がたまらなく好きだ。

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