第23話 あと1年早いね
「れん君ってさ、つまらない人間だよね」
衝撃だった。頭が真っ白になった。掻いていた汗がすべて冷や汗に変わった気がした。言葉が入ってこない。上滑りする。いったい何を言われたんだ。今どんな顔をしてるだろう。引き攣ってやしないか。見られたくない。ああああ。そんなことより何か返さないと。何を返せばいい?何か…
「え……?」
蒸し暑い、虫が鳴く季節のことだった
同じクラスになったのは高校2年生の時だった。沙希、という名前で、クラスメイトからはさっちゃん、サッキー、沙希ちゃんとか呼ばれていた。沙希さんと俺は呼んでいて、俺はれん君と呼ばれてた。机を2つくっつけた列が並んでいて、3つ並んだ列の真ん中、3行目の左に自分が、右に彼女の席があって、偶々隣同士になった。
最初に話したのはたしか、授業中に消しゴムを落とした時に彼女が拾ってくれて、消しゴム落としたよ。あ、ありがとう。みたいな、そんななんでもない会話だった気がする。
背は女子の中でも平均よりちょっと下かな、てぐらいで、髪は確かボブカットとか言うやつで。目が少し大きく、可愛いというより綺麗とか清楚、という感じの雰囲気を纏っていた。物事をはっきりと言う性格で、だけどどこか愛嬌というか、親しみやすさがあって、言っている事も的を得ているからクラスでも人気があった。
あまり自分から積極的に男子に話しかけることはなくて、仲良くはするけど、深くは付き合わない。だからモテまくるというより、高嶺の花、みたいな、それでも好きな人は結構いたようだったけど。
俺もちょっとだけ気になってた
好き…とまではいかない気がする
好き……かもしれない?
好き………なのだろうか
わからない
だけどクラスの男子が彼女を沙希、と呼び捨てにしているのを聞いて微妙な気分になったり、自分も呼び捨てにしようとしたけど「沙希……さん?」途中でヘタれたり、掃除の時間で机を前に運んだり後ろに寄せたりする時に他の人よりも慎重に運んだりしてた。
体育の授業でも体育館のネットの向こうで彼女が何をやっているか気になってこっそりチラ見してて、教科書を忘れて見せてもらった時、彼女がページを捲る時に指と指があたって、すぐに引っ込めて、でも、彼女がなんでもなさそうだった時は落ち込んでた。
隣で沙希さんが女子に好きな人を聞かれていた時は、なんでもない様なふりで窓の外を眺めてたけど空に浮かんだ雲なんてどうでもよくて、好きな人はいないと聞いた時は嬉しいようなそうでもないような、複雑な心境だった。その後に好きなタイプを聞かれた時に「優しい人」って答えていて、自分はどう思われているか気になってた。
よくテストの点数を見せ合っていた
「何点だった?」
「88点だけど……そっちは?」
「94点」
「まじ?今回わりと自信あったんだけど」
「ふふん。まだまだだね」
「あー悔しい。次こそは絶対勝つ」
「あと1年早いね」
「そこは100年じゃないんだ」
「れん君の誕生日って5月9日でしょ?」
「え。なんで知ってるの?」
教えてないのに。なんでか知らないけど顔がにやけそうだ。口元を見られないように手で隠す。
「だって自己紹介で言ってたし」
「あ」
そうだった。何を言えばいいかわからなくて、間違って誕生日を言ってしまったんだった。ちょっと落ち込む。
「告白の日だしね」
「へ、へえ。あ、そうか。5と9で。なるほど。知らなかったなぁ」
「へたれん」
「え?」
「さあ」
「そ、そう。あれ、何の話してたっけ」
「今日は7月4日だから、今17歳だよね」
「う、うん」
「私はもう結婚できる年齢だけど、れん君はできないでしょう?」
「そうだけど……それって関係なくない?」
「私は大人になれるけど、れん君はなれない。これって平等じゃないでしょう?」
「そう……なの、かな?」
「だから、れん君が勝てるとしたら、18歳になってからだね」
「いやいや。そんなことないよ。それまでには勝ってみせるから」
「そう?無理だと思うけど、勝てるといいね。応援してるよ」
「絶対勝てないと思ってる…」
楽しそうに微笑んでる彼女を見てると、もう負けてもいいかなと思う。けど、呆れられるのも嫌だし。次も頑張ろう。
「くすくす」
「もっと勉強時間増やそうかな…」
笑った時にうっすらとえくぼが見えて、可愛いな、と思ってしまった。
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