第22話 わからないことだらけで

「さっきからおじさんが基本的にとか原則と言うように、何事も例外がある。だから魔法や聖天法で固定概念を持つと危険だからやめてね」


「はい」


「魔法を使う意志がないのに想像力だけで魔法ができたり、逆に意志だけで現実を捻じ曲げる奴だっている。


 そもそも、君達に教えたのは魔法の基礎であり、いくつもある内の一つでしかない。時代も場所も違う所でそれぞれ独自に発展してきたものだからね。


 詠唱や魔法陣、時には歌や、剣で舞うことが魔法になったりもする。それぞれに特徴があって、優劣で比べるものでもない。


 いやはや、本当に不思議だよ。魔法は自由で、複雑で、それでいて曖昧な存在だ。時々恐ろしくなる。


 こんなあやふやなものが存在する世の中で良かったよ。なかったらと思うとぞっとする。きっとつまらない世界だろうからね」


 なんだ。この人は。理解できない。初めからあるものに疑問を持つのもそうだ。普通は考えない。そんなの、月がなかったら、と考えるようなものだ。頭おかしいんじゃないのか。


「聖天法だってそうだ。ていうか、リース教会は詠唱するしね。似たようなものを持つ宗教だってある。土着の信仰もあるだろうしね。


 時に神に愛されているとしか思えないのだっている。祈ってもいないのに護られ、傷が付いても癒される。それが幸せかどうかはわからないけどね」


 ロキおじさんは一つ息をついて間をとった後、顔を険しくして再び話し始めた。


「僕が教えた魔法と聖天法について、必ず知っておかなくちゃいけないことがある」


 ごくり、と喉が鳴る。


「それは、自分をしっかりと保つことだ。そうじゃないと、最悪自分が自分じゃなくなる。魔法は魔力があれば大抵のことはできる。けど、いずれ魔法を使っているのが自分なのか、魔法に使わされているのか、わからなくなっていく。そして魔法で自分自身すらも、変えられてしまう。人ではない何かになるんだ。

 いいかい。魔法は使うものだ。それを常に頭に入れておくんだよ。


 聖天法だってそうだ。神は祈るもので縋るものではない。神を盲信し、妄信し、身を預けてしまえば狂信者になる。まるで操り人形みたいに。そこに自分はいない。やはり人とは呼べないものになる。

 だからね。神に祈りつつも、その技を使うのは自分だということを忘れちゃいけないよ」


自分が自分じゃなくなる。それは嫌だ。そんなのもう、生きているとは言えないじゃないか。


「どうかしたかい?」


怖い。というか、自分って何だ。ここにいる。前世の記憶がある。だけど、本当にそうなのか。前世があると思い込んでいるだけで、そんなのは無くって、全部自分の妄想だったりするんじゃないか。それか、前の世界の僕はどこかで夢を見ていて、目が覚めたらあっちの世界で起きて、ずいぶん長い、変な夢を見ていたなとか思って、この世界が消える。というよりも、元からそんなものは存在しない。ここで生きている人達も、ナックが辿った話の人生も、ここにいる僕も、隣にいる、姉さんも。胸が苦しい。わからない。わからないよ。誰か。誰か教えてくれ。頼む。


「レン」


 気がつくと隣に姉さんがいて、


「大丈夫。大丈夫だから。安心して。わたしがいる。ずっといる。大丈夫。あなたのそばにいるよ」


 僕を、抱きしめてくれている。僕の頭を抱き寄せて、背中を優しく叩いてくれている。


「レンが何を考えているか。わからない。お姉ちゃんなのに。わたしはわかってあげられない。レンが何を抱えているか。家族なのに。わたしはわからない。だけど。レンが辛そうにしている。それは、わかる。こうしていて、レンが元気になってくれるかわからない。でも。わたしにはこうすることしかわからない。わからないことだらけで。だけど。レンはここにいる。わたしはそばにいたい。それがわかってる。大丈夫。わたしはそばにいるよ」


姉さんの言葉は途切れ途切れで、意味があるのか、姉さんもわかっていないようだけど、気持ちが伝わってくる。僕を慰めようと、言葉を尽くしてくれる。一緒にいてくれる。もう、苦しくない。暖かい。


「ありがとう。もう、大丈夫だから」


「良かった」


そう言って笑って、姉さんは離れたけど、手は繋いだままだった。



ロキおじさんは調子が狂ったような顔をしていて、微妙そうな顔をしていた。


「まあ。うん。いきなりどうしたのかびっくりしちゃったけど、まあ、いいや。とにかく、自分をしっかりと持つこと。自分を見失わないようにね。それじゃあもうここまででいいや。また気が向いたら教えるよ。じゃあね」


最後の方は投げやりで、どうでも良さげな感じだったけど、ここまで丁寧に教えてくれた。


「ありがとう!」


僕達は頭を下げてお礼を言う。


ロキおじさんは返さず、右手をひらひらと振って去っていった。

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