僕は、転生して成り上がる

ハル

第1章

第1話 生きる意味

 なんとなく生きてきた。



 それなりに楽をして、そこそこの苦労を重ねてただ繰り返す日常を過ごしてきた。



 まぁ、人生こんなもんだろうと思うしこれでいいとも思う。



 きっとこれからも適度に適当に生きていくのだろう。



 そう、思ってたのに、まさかこんなことが起こるなんて


















 意識が覚醒したのはしばらくしてからのことだった。

 それまで曖昧な視界、ぼやけた思考の中、まどろみの中で揺蕩うようにしてただ時間が過ぎるのを感じていた。


 どうやら自分は赤ん坊になっていたらしい


 前世の記憶から、おそらく転生したのだろうと思い、そのことに衝撃を受け、その後にとてつもない不安と恐怖を覚えていた。


 転生する前に死んだ記憶はないしその直前の記憶もない。

 これが普通のことじゃないことはわかるし、何のために転生したのかとか、ここはどこで、自分は一体何者なのかとか、何もわからないことだらけだ。


 自分は凡人だと思ってる。


 この状況で人生をやり直すことになり、楽しもうだとか、今度こそ後悔しないように全力で生きようとか、そんな前向きなことは考えられなかった。


 赤ん坊の体はそんな気持ちにすぐに反応し、僕はびゃあびゃあとよく泣いた。


 だけどそんな時は、いつも僕の体をゆすり、優しく声をかけてくれる人がいた。

 髪はぼさぼさで頬はこけ、手はカサカサで身にまとう服もぼろぼろの女の人だった。

 まだ少女と言ってもいい年齢で、赤ん坊の僕とそんなに離れていない彼女は、けれど惜しみない愛情を持って僕を守り育ててくれる。


「よしよし、大丈夫、良い子、良い子、わたしがいるからね」


 自分の方がつらいはずなのに、そんなふうに言って慰めてくれる彼女に、喜びや罪悪感といった感情で溢れ、ますます僕は泣いてしまった。

 

 彼女は困った顔をしながら、なんとか泣き止んでもらおうといろんなことをしてくれた。

 歌を歌ったり変顔をしたり物語を語ったり、どれも拙く、お世辞にも上手いとは言えないものだったけれど、それでも、必死に僕を笑わせよう、楽しませようとしてくれる彼女の気持ちが伝わってきて嬉しかった。


 

 ある時、彼女は突然僕の額に軽いキスをしたことがあった。




 頭が真っ白になって、少しして羞恥心と、それを上回る嬉しさが全身を駆け巡り、涙なんてすっかり止まってしまった。




 それから、こうすれば泣き止むのかと、彼女は僕が泣くとよくキスをしてくるようになった。



 こういうのは慣れてくると羞恥心が大きくなってゆくのか、毎度叫んで暴れ出したくなるし、穴があったら這ってでも入りたくなってしまう。


 

 早く成長して自由に動けるようになりたい。

 成長して、彼女に楽をさせたい。

 あったかいご飯を食べて、ふかふかのベッドで寝て欲しい。

 

 

 前世の普通の女の子みたいに、あたりまえの日常を送って、幸せになって欲しい。


 

 自然とそう思えるのは、やはりもらったものが多すぎるからだろうか。

 

 なけなしの自分のご飯を惜しみなく分け与えてくれるのも、寒くて震える夜に抱きしめてくれたぬくもりも、つらくても、僕の前では明るく笑いかけてくれるのも、簡単なことじゃない。


 

 こんなにもたくさんのものをくれた彼女に、僕は何を返せるのだろうか。



 きっと、そんなこと気にしなくても良いのに、って君は言うのかもしれないけれど、



「あー」

「どうしたの?」

「あぃ…あ…お」



 ―――ありがとう




 そんな一言でさえ、僕はうまく言えないけれど、それでも君は笑ってくれる。

 



 転生した意味とか、僕にはわからないけど、彼女の為なら頑張ろうと思える。

 生きる意味とか、あるかわからないけれど、そう信じることができる。

 

 

 ああ、ろくに動けないこの身体がもどかしい



 そんな想いを抱きながら、彼女の腕の中で今日も眠りについた。

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