第2話 賭け

「レン、ご飯をもらいに教会へにいきましょう?」

「うん、リン姉さん」


 あれから数年後


 昼、太陽が真上に到達しそうな頃、僕と姉さんは手を繋いで東の城門脇にある教会に向かっていく。


 教会と言っても、そこまで大きなものではなく、装飾も少ない。教会の前には広場があって、食べるものがない者が大勢集まってくる。


 ちょうど太陽が真上に到達した時、一人の神官と二人の聖騎士が教会から出てきた。


「迷える者どもよ、女神リースに信仰を捧げよ」


 僕らは広場の端っこで祈り、女神リースに感謝を捧げた。


 だいたい1分くらいの祈りのあと、教徒たちから5つの列に分かれての食料の配給が始まる。


 材料不明の肉団子と硬いパン、クズ野菜が入った味の薄いスープをもらい、姉さんと肩を並べて食べ始める。


 この世界では神が実在する――――らしい


 らしいというのは聞いた話であって、見たことがないからなのだが、この祈りには意味があるらしい。


 この世界には魔法や気などと言った不思議パワーがあって、それと同じく聖天法と呼ばれるものがある。


 これはより多く、より強い信仰があるほどその効果が高まるとされているのだとか。


 実際信心深い人は聖天法の扱いが上手い傾向にあるらしく、おそらく権威を高めるためにも布教は大事なのだろう。


 僕らみたいな市民権を持たない人達は教会にとって布教するのに都合が良く、僕らにとっても一日一度は食事にありつけるのでお互いの関係は悪くない。 


 しかも、この時間、この広場では騒がず黙々と食事をすることが暗黙の了解になっていて、一時的な安全地帯となるのがでかい。


 ちなみに、ここでは初めて来た人が木の皿とスプーンをもらい、それを使い続けるようなシステムになっている。


 無くしたり、壊したりした場合、ガラクタ通りで新しいものを買うか、他の城門で初めてのふりをして貰うか、他人から譲ってもらうか、または奪うかしかない。


 強奪という選択肢がある時点で察すると思うが、僕らが住んでいるところは治安が悪い。


 リン姉さんはガラクタ通りで木の皿とスプーンを売っているログ爺さんの所で働いている。


 姉さんは手先が器用で、真面目な人だから、ログ爺さんには気に入られているらしいけど、手はいつも荒れているし、給料も雀の涙程しか出ないからあまりそうは思えない。


 本当はもっと良い仕事について欲しいと思ってる。



 すると、横からパンが伸びてきてそのまま僕の口の中に入ってきた。


「はぁに?」


「お腹いっぱいになっちゃったからあげる」


 絶対嘘だ


「ひいほに」


「食べないと大きくなれないよ?」



 たしかにそうだけど、


 僕は自分のパンを半分に割って姉さんの口に突き出した。

 全部渡すと遠慮して受け取らないから、断られないギリギリの大きさを狙ってる。


 姉さんが倒れたら意味がないんだよ


 絶対に引かないから諦めろと気持ちを込めて視線を送っていれば、姉さんは困った顔をしながらも、しょうがないなぁと嬉しそうに口を開けてパンをくわえてくれた。よし。


 美味しそうに少しずつ少しずつパンを食べるのを見て、僕も満足して口に入ったパンを噛み締める。


 前世の食事程おいしくはないし、たまに米が恋しくなるけど、時間が経つにつれてそれも慣れてきた。

 それに、一人で寂しく食べてたあの頃よりも心は満たされている。


 食事は何を食べるかもそうだけど、それ以上に誰と食べるかが大事なことだとこの世界に来て思えるようになった。


 そうして食事を終え、僕らは手を繋いで来た道を戻り、姉さんはガラクタ通りでまた働きに出かける。


「じゃあ、行ってくるから、危ないことはしないでね?」


「うん、リン姉さんも、手、怪我しないように気をつけてね」


 姉さんは僕の手を一度ぎゅっと強く握った後、ログ爺さんに挨拶をして店の中に入っていった。


 その背中を見届けた後、僕は爺さんに頭を下げる。


「あの、この間もらった毛布、すごく暖かかった。ありがとう。」


 ある日姉さんが仕事から帰ってきた時に爺さんに毛布をもらったと言って、一緒にくるまって寝たのを思い出す。


 爺さんはこっちをちらっと見た後、鼻を鳴らして視線を戻してしまった。


 どう…なのかな。この反応は。いつものことだけど。もうちょっと何かあってもいいのに。


 だけどあの毛布のおかげで前の年の冬より暖かく過ごせたし、給料は安いけど姉さんを雇ってくれているし、正直、感謝してなくもない。


 そうでなくても、お礼を言っておいた方が印象が良いだろうから。姉さんに対する扱いが少しでも良くなってくれればと思う。


 どれだけ意味があるかわからないのが困りものだけど。


 ガラクタ通りを後にし、裏通りの迷路のような狭い道を通って家に帰る。


 路地の隅っこの方、おそらく前は誰かが使っていて、今は使われなくなった目立たない、木でできた小さな小屋が僕らが暮らしてる家だ。


 僕は小屋の裏の隙間に隠してた、拾った短剣を持ってまたすぐに家を出た。


 服の中に隠した鞘付きの短剣が、その存在感を持って僕の心を逸らせる。



 これから僕は、僕と姉さんの幸せのために、前世を含めた人生で初めて、命を賭けることになる。



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