第5話 約束

 泣いて、泣き続けて、泣き疲れた後、諸々のことは棚上げして、いつも以上にくっついて2人で眠りについた。


 翌朝、お互いに正座で向かい合って、僕は姉さんにすべてを話した。


「そっか……」


 姉さんは目をつぶって深呼吸をし、


「生きて、帰ってきてくれてありがとう」


 と言った。


「ほんとうはね?なんでこんなことしたの、無茶しないでよ、とか、不甲斐ないお姉ちゃんで、無理をさせてごめんなさい、とか、いろいろ言おうと思ったんだけど。もう、無事に、じゃないかもしれないけど、帰って来てくれた。それだけで、もう、いっぱいいっぱいになっちゃった。」


 そうやってまた目尻に涙を浮かべながら、姉さんは顔を伏せてしまった。


 罪悪感に押し潰されそうになった。姉さんにこんな顔をさせてまでやるべきことだったのか。自分が酷く悪い存在に思えて来た。


 しかも、もっと嫌なことをこれから言わないといけない。でも、言わないと。姉さんから質問させたら自分はきっと、本当に最低最悪な奴に成り下がる。


「姉さん、僕、冒険者になるよ」



 …………



「なんで……?」



 声が震えていた。



「なんで、そんなこと言うの?」



 心臓が震えるような声だった。



「わたし、もっと働くよ?…ご飯だって、もっと少なくたって、生きていけるし、そんな危ないこと、しないでよ。お願いだから。わたしが、なんとかするから。」



「姉さん」



 言葉が出てこない。


 自分は本来口が上手くないんだ。

 正解なんてわからない。

 何を言えばいい。言葉が難しい。



「死なないようにするから。できるだけ、怪我もしないようにする。ちゃんと、帰ってくるから。」



 姉さんは返事をしない。僕もこれ以上何を言えばいいかわからないくて、気まずい沈黙が横たわっていた。



 随分と長い時間が過ぎて、



「馬鹿」


 ぽつんと


「馬鹿馬鹿、馬鹿」 


 ああ———


「もう、知らない」


 わかってはいたけど、つらい。目の前が真っ暗になる。もう、消えてしまいたい。


「……ごめん」


「……嘘。そんなことない。知らなくない。…ごめんなさい。わたしが悪いの。馬鹿なんて思ってないから。」


「うん。わかってる。あと、姉さんは悪くない。」


 ——悪いのは僕だ


 吐きかけた言葉を呑み込む。そうじゃないだろ。


 ……くそ。このままじゃだめだ。どんどん暗くなってる。なんとかしないと。


「感謝してるんだ。今まで育ててきてくれて。だから、今度は僕が何かして姉さんの力になりたいんだ。」



「そんなつもりで一緒にいるんじゃない。」



「それもわかってる。だけど、何もしないでいるのは辛いんだ。」



 またお互い何も言えない時間が続いた。



 きっと、納得してくれることはないだろう。僕だって逆の立場だったら絶対に止めてる。


 もし、もっとお金があって、安定した職場があって、安心して住むことができる家があったら、こんな選択なんてしなかった。


 そんなもしもは存在しなかった。存在しないのなら、そうなるようにするしかない。


 だけど理解と納得は別だ。この問題は、僕には簡単に解けそうにない。



 それでも、向き合うことをやめるつもりはないけど。



「とりあえず、何か食べない…?ほら、お金はあるし」



 まずは腹拵えだ。

















 食事の前に、まずはログ爺さんに挨拶に行くことにした。昨日、姉さんの帰りが早かったが、なんでも僕のことが心配で仕事が手につかず、昨日と、それから今日も休みでいいと言われたらしい。


 事情をログ爺さんに話して、



「馬鹿野郎」


「……はい」


 普通に叱られた。何も言い返せない。



「なんでこんなことをした」



「金を稼ぐためです」



 爺さんは黙り込み、歯切れ悪く言った。



「………何のために稼ぐのかを絶対に忘れるな」


「……はい」



 正直、姉さんの給料上げろと言う気持ちが無いわけではなかったが、どうも心配されているらしいと思い、言わないでおいた。 



 ご飯は、いつもの食事に干し肉をつけて、ちょっと贅沢をした。



 食事を終え、僕達はまた向かい合い、姉さんは僕の手を両手で握った。



「きっと、やめてって言っても、やめてくれないから、いまは、言わない。けど、絶対に、ちゃんと帰ってくること。無理はしないで。無理して稼いだって、ちっとも嬉しくないんだから。約束。」



 姉さんは瞳を濡らしながらも、今度は顔を上げて僕の目をじっと見つめていた。



「わたしを、ひとりにしないで。」




「わかった。約束する。」



 上手く答えられたかはわからない。けど姉さんは笑って頷いてくれた。たった一日なのに、随分久しぶりに見た気がする。



 姉さんを幸せにするためには一緒にいる必要がある。だから死ぬわけにはいかない。


 少なくとも、姉さんが一人じゃなくなるまで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る