第4話 いなくならないで
森を出て、近くで見つけた川に身を投げ出して頭と身体を冷やした。血で汚れた服や魔石、短剣を洗って草むらに腰を下ろす。
「あーーーーーーー・・・はぁぁ・・」
意味もない言葉とため息が出て、しばらくぼうっとしている。
これだけ濃密な時間を過ごしたのに、まだ日は高く、空は雲一つなく蒼い。
この世界の空も青いんだな、なんて思ったりした。
ふと帰り道の方向に視線を移すと、城が見えた。
「でっか…」
ただでさえ断崖絶壁のような城壁と、それよりも高い尖塔に囲まれ、その城は異様な程に大きく、遠目からでもわかるくらいに煌びやかで視線が惹きつけられた。
振り返ると、どこまで続くかもわからない森が広がっていて、奥の方の空で謎の飛行生物が飛んでいるのが見える。こっちもでかい。
吸い込まれそうな空とド派手な城、広大な森を見て、世界に呑み込まれるような錯覚を起こした。
手に入れた魔石を一つ取り出し、空に翳して眺める。
レッサーゴブリン達の死体は今頃どうなっているだろう。あの森に棲む何者かに喰われているか、もしくは誰にも見向きもされずそのまま朽ち果てていくのか。
この暗くうっすらと紫がかった魔石も、いつかは誰かの手に渡って消費され、彼等が生きていた痕跡は何も残らなくなる。
そう考えると、言葉で表せない感情が湧き上がってきて、少し泣きそうになる。
自分の人生も、願いも、無意味で、無価値なものに思えた。
………
「…よし」
何がよし、だ。でも気持ちを切り替えるきっかけにはなった。考えても仕方ないことはどうしようもない。それよりも今日、明日のことの方が大事だ。
それに考えようによってはこの景色を特等席で独占しているとも考えられる。なんて贅沢だ。
帰ろう
姉さんに会いたい
来た道を歩いて帰り、しかし家には戻らずガラクタ通りに向かった。
向かった先は買取屋で、ゴミ漁りで価値のありそうなものを見つけてはここに持っていくことで稀に買い取ってくれる。
ただ同然だから嫌いだが。
「レッサーゴブリンの魔石。二つ。買い取りで。」
店主は少し目を瞠ったあと、銅貨を二十枚渡してきた。聞いてはいたがいざ見るとすごい稼ぎだ。
これで教会で食うような食料を7回とは行かずとも6回は買うことができる。
そして店主はもう一枚銅貨とは違う丸い硬貨を出して言った。
「これをもってそこの教会と門を挟んだ冒険者ギルドへ行け。これを見せれば仮登録してもらえる。言うまでもねぇが無くすんじゃねぇぞ」
硬貨を受け取って頭を下げ、服の中に隠そうとした時、店主が袋を投げて寄越した。
「そんだけ服の中に入れてたら逆に怪しいだろうが。袋はやるから使え。」
「…ありがとう」
たしかに、と少し恥ずかしく思いながら袋に詰め直し、家に帰った。
いつもの小屋が見えてきた時、入り口の前で立っている人がいた。
姉さんだ
どうしてだろう。いつもならまだ働いている時間のはずなのに。何かあったのだろうか。
「あっ……」
姉さんは僕を見つけて、驚いた顔をしていた。頭のてっぺんから足のつま先を見た後、僕の顔を見て、怒った顔をした、と思ったら、ぎこちない笑みを浮かべて、しかしすぐに涙が溢れ出してそれどころじゃなくなった。
僕が駆け寄ると、姉さんは僕を抱きしめてよりいっそう強く泣き出して声を上げた。
「ひぐっ……!あぁ……ああああぁぁ!!」
服の布を握り締め、
「ほんとに………!」
僕の存在を確かめるように、きつく、きつく抱き締める。
「…ほんとにっ……!………しんぱいっ……し、したんだから……!」
絶対に離さないと力を込めて、
「…お、お願いだから……!」
どうか、どうか、と神に祈るように
「いなくならないでよぉ………!」
瞳からこぼれた水滴が、僕の頬を伝い、傷口に入り込んでチクッと痛みが走った。
僕は暫く呆然としていた。姉さんが泣く姿なんて見たことなかった。いままで溜め続けた想いを吐き出すかのように、とぎれとぎれに言葉を溢れさせているのを見て胸が張り裂けそうだった。
気がつけば僕もまた泣いていた。
「…ここにいる」
姉さんの背中に手を回して抱きしめる。
「ここにいるよ、姉さん。いなくならないから。だから……!」
言葉が続かなかった。
姉さんは首を横に振って、苦しくなるくらいに、腕を締め付けてくっついてきた。
世界の片隅の薄暗い路地の中、僕らは2人で泣き続けた。
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