第45話 顔が近い
近い。
リリエールの顔が近い。
世界最高の彫刻家が、あらゆる素材を使っても敗北を悟るであろう造形で、その肌が実は柔らかいのを俺は知っている。
リリエールの手がレンの胸に触れている。
唐突すぎるこの展開は、レンが思考停止するのに十分な破壊力を持ち合わせていた。
どこまでも人間離れした、天に愛されてるとしか思えない美貌に、近くにいるのに彼女は手を伸ばしても、とても届かないほど、遠くに感じた。
そう思ったからというわけではないだろうが、なぜか先程よりも距離が縮まってる気がした。
徐々に顔が近づいてくる。
レンは夢を見ているような、ぼんやりした様子でそれを眺めていた。
息がかかりそうな程近く、ふとした拍子に触れてしまいそうな。
そのあまりの近さに、
心の震えが2人を身体を伝う。
レン達はびくっと肩を震わせた。
リリエールはレンに触れていた手を素早く引っ込めてから、かかとを鳴らして下がり、それからくるりと背を向けた。
「あっ」
「……っ」
リリエールは触れた手を胸に隠して俯いてしまう。
「なんでもないからっ」
誤魔化すように焦った声でそう言い、うわずった自分のそれに気恥ずかしく思って、たまらず床にうずくまってしまった。
リリエールはそろそろと伺うようにレンをチラっと見るが、ばっちり目が合ってしまう。
惹かれあうように見つめあったまま2人して固まってしまった。
お互いの瞳が揺れ、数秒後、はっとしたように目を逸らす。
なんとも言えない空気が流れて。
強がりが入ったような。
「なに?」
その声に。
レンは思わず心臓が止まりそうになった。
「いや……」
続く言葉が出てこない。
口元を手の甲で隠す。
あれはリリエールなのか。
顔の変化はほとんどない。ほとんどないが、
整った目、こぶりな口が僅かに動くだけでまったく違う表情になって、赤く染まった耳に胸が痛いくらいに締め付けられる。
つんとした態度で、冷たい感じを醸し出して佇んではいるが、時すでに遅しという気がする。
ちょっと無理してる感じが、かえって逆効果になっていることを彼女は知らない。
レンはため息を吐きそうになるのを堪える。
かわりに小さく息を吸った。
本当に、危なかった。あと少しで取り返しがつかない事になるところだった。
あれは反則だろう、とレンは思う。
ただ顔がいいだけだったら、それでよかった。離れたところから見て、綺麗だな、と思うだけでいい。
こういう例えはどうかと思うが、敢えて言うなら一枚の絵を見ているようなものだ。
いくらこれは素晴らしいだとか、美しいとか感じたところで、絵の中の人に恋することはない。
いや、もしかしたらする人もいるかもしれない。だけど、少なくとも自分はしない。だって、絵に恋をしたとところで、どうなる。
絵に感情はなくて、その想いはどこまでいっても一方通行でしかないではないか。
触れず、話せず、ただあるべくしてそこにある。
しかし彼女はそうではなかった。
リリエールは無地のキャンバスには収まらない。
あざとい、とは違うんだろうな。きっと。
狙ってやってるわけじゃなくて、あくまで自然に、咄嗟に出てしまった行動があれなわけで。
だからこそ、まあ、あれだ。
かわいい。
そう、思ってしまった。
「何をしている?」
はっと後ろを振り向くと、ジークが腕を組んで立っていた。
リリエールのことで怒ったかと思ったが、違う。
レンへの警戒が滲んだ、険しい顔を向けてきていた。
リリエールから意識が外れてお陰で視界が広がって、
「いったい、これは……?」
「君がやったんだ。魔法を使って硝子を生成した。エリーが止めなかったら、この屋敷は今ごろ吹き飛んでいたぞ。いったいどういうつもりだ?」
「いや…、気づいたらこうなってて、俺も、よく…」
ジークははあ、とため息を吐いて、エリーを一度見てから、複雑な表情でレンを見た。
「レン、君を家に帰すわけにはいかなくなった。魔法が制御できるようになるまで、この屋敷から出ることは許可しない。これは強制だ」
有無を言わせずこちらを見る目は冗談を言っておらず、これまでで一番冷たく、厳しい口調に思わず悲鳴を上げそうになるほどだった。
「なぜ、ですか」
「危険だからだ。あのまま魔力に呑まれ続ければ、人じゃなくなる。そうなったらもう、元には戻れない。最悪ーー」
堕ちスズメになるぞ
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お知らせ
いつもこの小説を読んでいただきありがとうございます。
急なことで申し訳ありませんが、しばらく更新をお休みしようと思います。
理由としては、私生活の方が忙しくなってきたことがあります。
それと、自分自身の読書時間がとれていないことです。
結局は自分の実力不足ですが、無理してつまらない物語を書くのも違うな、と思ったのでこの判断をしました。
楽しみにして下さった方、申し訳ありません。
8月ごろには再開したいと思っています。
その頃にはもっと面白い小説が書けたらいいな、と思っているので、その時に続きが気になったらまた読みに来てくださると嬉しいです。
ハル
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