第44話 私はなりたい


頭が痛い。



痛くて、痛くて、瞼が落ちてくるほど眠たいのに、額の奥にじんわりと広がるこのズキズキがそれを許してはくれない。


あと少し、あと少しで寝れそうだというところで、おい。甘えんな。起きろ。起きやがれこのぼけなす、と頭の中の何かが俺を蹴り飛ばす。


そうはいっても。



眠い。


眠たい。


眠たいよ。


眠りたいね。


ねたーい。


ねむたーい。


ねーむーたーいー。


ねむねむ。


ねむいよう。


まずい。頭がいかれる。何も考えれない。このまま寝たいのに。この頭痛のせいだ。なんで寝させてくれないんだよ。ちくしょう。


例えばの話。


たとえば、今、すやすやと日向ぼっこしてる猫を見たら、なんて思うだろう。


たぶん、嫉妬するのではないか。

イラッとくることもあるかもしれない。


そいつの隣に体育座りして。


蝉の鳴き声を聴きながら。


いいよなあ、お前は。自由で。のんびりできて。呑気な顔しちゃってさ。気ままにだらだらできて。かわいくってさ。ごろごろしてても、誰にも怒られない。正直、羨ましいよ。生まれ変わったら、猫になりたい。


いっぱいごはんをくれて、いくら寝てても温かく見守ってくれて、優しくなでてくれて、どこまでもどこまでも甘やかしてもらえる。



そういう猫に、私はなりたい。



思わずあくびが出る。


隣のやつも同じことしてる。


お前そんなにぐーたらしてるのに、あくびが出るなんて、どれだけ寝たいんだよ。まったく。しょうがないやつだなあ。お前は。


そんなことを思いながらそいつのあたまを撫でて、耳のうらを撫でまわして、ぎゅーってして、癒されたい。


つらつらと益体やくたいもないことを考えていると、まただ。また、じわーっと、きた。


なんとなくさ。


やらなきゃいけないことがあるような気がして、このままじゃいけない、しっかりしろ、とは思うんだけど、このねむ気に抗うにはこう、エネルギーが足りない。


それでも、のろのろ、のろのろ。がんばれ、がんばれ。あとちょっと。あとちょっとと思いながら、亀のような気持ちでこの睡眠欲から遠ざかってゆく。


そうやって進んでいると、あれ、あれれ?なんだか、身体が重たいなあ。いったいどうしたんだろう?


不思議に思って後ろを振り向くと、甲羅の上にうさぎが乗ってた。


そいつはとがった2本のまえ歯を亀に見せつけて、にやっと笑い、背中を蹴って、ぴょーっんっと勢いよく前に跳んでいった。



たんったんったんっ



うさぎはびょんぴょんぴょんぴょん、亀なんかよりもずっと軽快に、リズムよく先に進んでいく。

元気いっぱい。


それはそう。


うさぎはずっと亀の背中に乗っていたのだから。



………



許すまじ、うさぎ。



前を睨みつけても、やつはもういない。もしかしたら、すでにゴールまで辿り着いているかもしれない。


亀は必死になって前に進んでいくことはできても、うさぎのようなずる賢さも、素早さもなかった。


物悲しい哀愁が亀の甲羅に広がってゆく。


亀ははあ、とため息をついて、もういいや。と手足を投げ出してうつぶせになってしまった。



亀は地面を見つめる。



そもそも、なんで俺は陸の上を歩いてたんだ。



亀は疑問に思う。



海の中だったら、やつをけっちょんけっちょんにしてやれるのに。



亀は気づく。



そうだ。やつの足が速くても、ずる賢くても、海の中ではなんの役にも立たないではないか。



亀は、決意する。


 

やつを海に沈めてやる。


あふれんばかりの気力が亀の心に湧き上がり、そして勇ましく立ち上がった。



キリッとした表情で先を見据えて、一歩目を踏み出す。



だがしかし。



足がついた瞬間、地面はふっと消えてしまう。




え?




亀はなんとか地面に食らいつこうと手を伸ばすも、抵抗むなしくあっさりと落ちていく。


亀は目をつぶる。




落ちて、落ちて、落ちて、



目を開けると、童話に出てくるお姫様のように美しい少女が俺を見ていた。

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