第16話 あの壁の向こうで待ってる
「黙れよゴミ」
周囲から音が消えた。周りの人たちは皆ナックを、いやナックさんと、その下に倒れてる2人を唖然として見ている。ナックさんが周囲を見渡すと、誰もが視線を外して俺、関係ないんで、巻き込まないで。さあ仕事仕事。みたいに動き出した。君たち普段そんなに真面目じゃないよね?気持ちは痛いほど分かるけど。
ナックさんは気を落ち着かせるように息を吐いた後、ギルドの外に向かっていった。
「ちょっと頭冷やしてくる。ルイン。説明とか頼んだ」
「わかったよ、後で僕らも行くから」
ルインさんは苦笑いして、しょうがない、といったふうに頷いた。
「さて、ここにいるレン君のことで話があるんだけど。いいかな?」
「は、はあ。ええと、貴方たちは?」
受付の人は戸惑った様子でルインさんに尋ねる。
「僕らのパーティは『
「てことは…Bランクの『駆け上がる狩人』ですか!ここには何の用でいらっしゃったのですか?!」
「アダハ森林でレン君が護り熊に襲われてるのを助けてね。ここで倒れてる2人にも関係あると思うんだけど。」
と言ってスミスとルーテを指差した。
あの、この人ら、頭から血、出てますけど、いいんでしょうか。
と、そこで、席を外してたのかいなかったハイマンさんが出てきた。
「おお、久しぶりだな、ルイン。何かあったのか?」
「お久しぶりです。ハイマンさん。ちょっとレン君のことで」
「レン?レンが何かしたのか?」
それがですね———
一通りルインさんが話をすると、ハイマンさんは頭を下げてきた。
「悪かった。お前を死なせるところだった。本当に、本当に悪かった」
思ったよりも真剣に謝ってきたから少し驚いて、すぐには反応できなかった。
「…その。たしかに危なかったですけど、僕もポーターだから安全だって油断してたところもあるから、お互い様ってことで、どう、かな。
だから、うん。一度謝ってくれれば十分だよ。」
ハイマンさんは暫く頭を下げたままでいて、…わかった。といって、気を切り替えたように話し始めた。
「それじゃあこいつらの処分は俺に任せてくれ」
「どうするつもりなの?」
「こいつらが二度とレンに手出し出来ないようにするから安心しろ」
軽く誤魔化すようだったけど、その顔には結構あくどい笑みが浮かんでいた。
冒険者ギルドを後にし、少し離れた柱にところでナックさんが寄りかかっていたので、お礼を言いに行った。
ナックさんは気にするなと言ったあと、躊躇うような様子で聞いてきた。
「レンは、城壁の外で暮らしてるんだな」
「うん。」
僕は頷いた。
ナックは暗い顔をして俯いている
すると、ナックは訥々と話し始めた
「俺も、あそこに住んでた。俺も昔、お前と同じように城壁の内側に憧れ、冒険者になった。
あそこの暮らしは最悪だからな。早くDランクになって、美味しいもんたらふく食べたいなんて考えてたよ。俺は見ての通りガタイがいいからよ、すぐにソロでEランクになって、あと一歩でDランクってところまで来た。
あの頃は楽しかったな。剣を振れば敵は倒れ、金が貯まり、ランクが上がる。なんでもできる気がしてたんだ。俺はもっとやれる。もっと上を目指せる。上ばっか見てた。その頃の俺は有頂天だった。だから油断していた。
……俺には妹がいた。血は繋がっていなかったが。それでも心は繋がっていた。お転婆なやつでな、ゴミ山で物を拾ってくるんだ。そしてよく俺に自慢してきた。これのカタチが変でおもしろい、このゴミはまだ使える、このゴミは家で飾れば賑やかだってな。嬉しそうに話すんだよ。あいつは。あいつは俺の話を聞くのが好きだった。どんな魔物と出会ったのか。どうやって戦って。どう打ち勝ってきたのか。本当に楽しそうに聞くんだよ。だから最初はせがまれて、いやいやだったけど、気づいたら俺も話すのが楽しくなってたんだ。今日はどんな話を聞かせようか。そんなことを考えながら帰り道を歩いてた。帰ってきた俺を見て嬉しそうに笑うあいつの顔が好きだった。
Dランクになった日だった。ついに城壁の中で暮らせると思いながら、そしたらどうしようか。馬鹿みたいな、馬鹿なことを考えながら帰り道を呑気に歩いてた。…その頃は奴隷狩りが流行ってた時期だった。知っていたのに、そんなことより冒険に夢中になっていた。自分には関係ないことだと高を括ってた。あの時、一言、家から出るな、隠れてろ。そう、言うだけでよかったんだ。俺が帰って来る時間にはいつも居るはずのあいつがいない事をもっと気にするべきだった。すぐに帰って来ると思って、家で待つんじゃなくて探しに行くべきだった。慌てて動き出したのは夜遅くで、その時にはもう手遅れだった。それでも俺は探し続けた。飯も喉を通らなくなって、ろくに寝れなかったけどあいつはつらくて、寂しくて、今も俺に助けを求めてる。そう思ったら止まれなかった。城壁の中にいるかもしれないと思って勉強して、試験に受かったら壁内も探した。それでも見つからなかった。
見つかったのは23日後だった。俺はもう、見つからないんじゃないかって、そう、思って心が折れかけていた時だった。城壁の外、渦高く積み上がったゴミ山の、更に死体が積み重なる所に、妹だった「それ」はあった。「それ」はすでに、人としてのすべてが奪われていた。悍ましいものを知ってしまった凄絶な表情をしていた。俺は、「それ」の、冷たくなったその身体に触れた時、世界が壊れた。俺が生きてきたすべてが崩壊した。そのまま俺ごと消し去って欲しかった。すべて嘘だったらよかったのに。夢であったらよかった。起きたらあいつは隣にいて、今日も話をせがんでくる。目の前の光景がそれを否定する。どうしてこうなった。わかってる。俺が悪い。俺が、間違ってはいけない所を踏み違えたから、こうなった。虫が飛んできて、俺は「それ」を燃やした。骨だけになった「それ」はもう、妹には見えなかった。
それからは、ずっと闘い続けてきた。闘ってる間は他の事を忘れられる気がしたから。あれだけ憧れてた城壁の中にいても、どうでも良かった。違ったんだ。本当は妹と一緒に居られれば良かった。あいつにご飯をたくさん食べさせて、無理してゴミを漁らなくてもいいって言いたかった。あいつがいない世界は虚ろだ。すべてがどうでもよくなる。たまにパーティと、あいつらといるのが辛くなる時がある。
俺はもう妹の名前と笑った顔が思い出せない。
…お前には家族はいるか?
そうか。姉がいるのか。それでお前を今まで育ててきてくれたのか。いい家族に恵まれたな。俺なんかよりもずっと立派なお姉ちゃんだよ。きっと大変だっただろう。あそこで子どもが人一人養うのは厳しい。並大抵のことじゃない。それでもお前はここまで生きて来ている。
…お前は間違えるな。俺が言うことじゃないのは分かってる。それでも。
生きて強くなって、姉と一緒にこっちまで来い。
あの壁の向こうで待ってる。」
真っ直ぐにこちらを見る顔は変わらないが、握り締められたその手からは血が滴っていた。
きっと、まだナックの中では過去から前を向く事が出来ていないのだろう。僕に話かけるようでいて、抑えきれない感情が膨れ上がって溢れてしまっているように思えた。
「…………」
ここで自分を偽る気にはなれない
「わかってる。俺は間違わない。リンと一緒に、必ず向こうにいく」
この人は俺と似ている。本当は話すのが得意じゃなくて、大事な家族がいて、同じ場所に憧れて冒険者になった。だけど同じではない。後悔するような選択はしない。この人と同じ結末にはならないから。
「俺達はこの世界で幸せになる」
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