第34話 ワイバーン
リリエールという名の少女がリズさんに何か話してから、受付の辺りが騒がしくなった。
徐々に話し声が戻りつつある中、レン達は未だ誰も言葉を発せずにいる。
ここに何度も来ているルイン達ですらこの反応という事は、彼女がギルドに来るのは珍しい事なのだろうか?
炎華の芽の様子を見てみると、ライトはリリエールから目を離さずにいる。見惚れているのだろうか。アニカとリーゼはその事に気づくが、ライトの真剣な表情に何も言えずにいる。
すると、受付からスイングドアを通って出てきたリズさんがホールに響くように声を張り上げた。
「皆様!ただ今より、緊急クエストが発令されます!」
内容を要約すると、
昨今の魔物の活発化や竜星現象を受け国が調査隊を派遣したアダハ森林とローツェン山脈で、深部の魔物が闘争を始めその余波を受けた他の魔物が移動してきている。
これを受け、狭い場所の遊撃を得意とする冒険者に魔物の討伐と釣り出しをしてもらい、平地では騎士団が魔物を通さないよう壁となる作戦が採られた。
これは国からの依頼であり、高い報酬と、活躍次第では特別な褒賞もあるらしい。
特別な理由がない限り、ほぼ強制的な依頼だ。
ローツェン山脈はアダハ森林とは逆の北西にあって、どちらも人類が支配することができていない領域だ。
どのパーティも話し合いながらもこの依頼を受けるようで、受付に依頼を受けることを伝えに行っている。
俺も行くしかないのか。
迷っても断れないのだから受ける以外の選択はなく、レンも渋々受付に向かった。
「緊急クエストを、受けます」
「かしこまりました。…レンさん。無理はしないでください。生きて帰れば、なんとでもなりますから」
リズさんは表情は変わらないけど、どこか心配げに声を掛けてくれた。
やはり俺はすぐ死んでしまいそうに見えるんだろう。
自分が情け無く思ったが、それでも心配してくれた言葉が嬉しくてはい、と精一杯の笑顔を作って返事した。
リズさんから4、と書かれた紙片を渡されて向かった先には、同じ4の番号を貰ったであろうグループが集まっている。
そこには炎華の芽と、それからリリエール、それとさっきは気付かなかったけど護衛らしき騎士もいた。他にもいくつかのパーティがいる。
レンはその内の男4人のできるだけ見た目が怖くないパーティに声を掛けた。
「あの。この紙をもらって来たんですけど。ここで合ってますか?」
「あ、ああ。それなら」
「名前」
「えっ?」
いきなりそう言われた。リリエール。彼女が聞いたのか。
透き通るような、冷たい声だった。
「レンです」
「そう。ここでは私が指揮官だから、指示には従うように」
それだけ言って彼女は、何も言うことなく壁際に佇んでしまった。
そんな少女のせいか、このグループの空気はぎこちない。
自分の後に1パーティ来て、すぐに出発になった。
俺達の割り当てられた先はアダハ森林だった。
その道中、炎華の芽のリーダー、ライトが何度かリリエールに声を掛けたことがあった。
「リリエールさん?あ、リリエール様って呼んだ方が良い?」
「……」
「リリエールさんはどうして今回冒険者として参加したのかな?騎士団の方が本業なはずだけど、何か事情があったり」
「どうでもいい」
「そ、そう」
「リリエールさんはすごいよね。その年でBランクなんて。俺と同じ年でここまでランク高い人なんていないだろうね」
「……」
「そうだ。俺、君のお父さん。英雄ジークに憧れているんだ。良かったらその話を」
「黙っててくれる?」
「あ、うん」
あんなに冷たい態度をとられているのに、よく何度も話しかけれるな。
レンはある意味で感心していた。自分なら秒で謝って2度と近づかないようにするからだ。
一度だけ、ライトはリリエール、と呼び捨てにした事があった。
その瞬間、護衛の騎士からものすごい殺気で睨まれ直ぐに黙らされていた。
鈍い自分でも分かるくらいに空気がピリッと張り詰めていて、ここで余計な事をすれば潰される予感があった。
不安しかない。大丈夫なのか。
というよりも、ライトにはパーティに女性があんなにいるのに。
リリエールは別格、別枠だとしても、十分に容姿が優れた女の子に囲まれてるのにそれでいいのだろうか。
自分が口にすることではないのは分かってるけど、なんだか可哀想だ。
さすがに森林の手前に来るとライトも話し掛けるのをやめて戦闘に意識を切り替えた。
草原ではすでに森から出てきたモンスターたちと騎士団が戦っていた。
重装の鎧を着た兵士が魔物の群れを引きつけ、背後から魔法使いが遠距離から攻撃している。最後方では神官が待機していて、総勢200名ほどが隊列を組んでいた。
だけど稀に魔法が飛んでくるくらいでほぼ重装兵だけで倒している。まだレッサーゴブリンとゴブリンだけしかいないとは言え、圧倒的な実力だ。作業するように動いているのに、魔物たちは数を減らしていってる。
「隊列確認。まず私が先頭、ゼシリオは横、あなたたちは左後ろ、そこのあなたは彼らの内側に、あなたは」
リリエールは淡々と指示を出していく。レンは彼女の直ぐあと、右後方に位置することになった。おそらく最初に様子見して、森の浅い場所の弱い魔物を担当させるためだろう。隣にはまたまたライトのパーティがいて、レンは気が滅入ってしまった。
「それじゃあ、出発」
リリエールのその声で一団は森に足を踏み出した。
森の中はいつもよりも騒がしい。すでに戦闘が始まってる場所もあるみたいだ。
歩いて十歩もしないうちに、普段はここにいないはずのアダハウルフが木々の間から襲いかかって来た。
先頭のアダハウルフがリリエールに飛びかかったところで、護衛の騎士が動いた。
「ふっ」
血が飛び散らないようにするためか、柄頭を奴の腹にめり込ませて仲間のウルフのいる位置まで吹き飛ばす。何頭ものウルフを巻き込んでいき、それでも止まらず、遠くの木にぶつかってやっと止まった。
仲間のウルフたちは突然のことに動揺している。
騎士はそのまま群れに突っ込んでいった。
「「「ウォン!!!?」」」
剣を振るごとに命が断たれていく。
「ウォオオオ!?」
動きが速すぎて目で追えない。彼は一度も立ち止まることなく流れるように一太刀で斬り捨てていく。
最初から決められた型をなぞるように迷いなく一つ、また一つと死体が増えていく。
そして気づけばウルフの群れは全滅していた。
騎士は剣を振って血を落とし、リリエールに丁寧な一礼をしてその一歩後ろに控えた。
レンは唖然としていた。
あんな簡単に倒すなんて。一生かかってもあれと同じことを出来る気がしない。
「交代」
リリエールはさも分かってたといわんばかりにレンたちと位置を交代した。
レンは前に開かれた視界を数秒呆然と眺めたあと、はっ、と慌てて剣を構え直した。
気を引き締めろ。ここはもう死地だ。油断すれば終わりなんだ。一緒に行動する人達だって、助けてくれるとは限らない。
レンは一人で森に来た時と同等、それ以上に集中して前に踏み出した。
しかし、高めた集中力とは裏腹に、レンの出番は全くなかった。
「俺が出る!!」
ライトが飛び出してゴブリンに斬りかかる。
「わたしもいくわ!」
「女神リースよ。その慈悲のもとに、かの者の身に護りを。
「……っ」
アニカが槍を突き込み、リーゼが詠唱をし、魔法使いの子は杖を構えて魔法を使うタイミングを伺っている。
炎華の芽は強かった。連携はほとんどない。自分の前にいる敵を相手する。それだけだ。
それでも一対一で負けることがない。
特にライト。彼はほぼ一撃でゴブリンを倒している。動きもあの中で一段と速い。
彼らはバラバラに動いていても、やはりライトが中心にいるのだと感じる。そんな強さだ。
ただ、時折こちらを見るのはどうしてだろう。
もしかして、できるところを見せたい、とか?俺、強いぜ。どう?みたいな?いやいや、戦闘中にそんな事しないだろう。でも、もしそうなら。やめてほしい。見てるこっちがひやひやする。もう十分強いから、俺の分まで安全に戦ってくれていいんだよ?
ゴブリンを倒し、一息ついた所で、ライトたちはこちらに戻って来た。
「どう?リリエールさん。俺たちもけっこうや」
「前進」
なんだろう。まるでそう言うコントのように、あらかじめ決められた掛け合いを見ているような気にさせられる。
ライトは苦笑いを浮かべ、また後でね、と言って先程と同じく先導して進んでいく。
次に出てきたのはオークの群れだった。
ゴブリンよりも濃い緑色の肌、アゴの両端からは牙が生えている。成人男性よりも逞しい体格で、腹がたぷんと揺れている。手には巨大な棍棒を持っていて、あれで殴られたらペチャンコにされそうだ。
「交代は」
「いらない!」
リリエールの声を聞き終える前にライトがオークに斬りかかっていく。
しかしあの棍棒では剣が折れてしまわないか。
そう思ってると、ライトは剣を腰に構えて柄に嵌っている丸い魔石のようなものに触れて叫んだ。
「
剣の刃を伝うように紅い線が走り、ジュッ、という音が鳴る。煌々と輝く剣からは遠くからでも魔力が波となってここまで届いてきた。
「ブオオオオォォォォ!」
「おおおおおおおおお!」
オークが振り降ろす棍棒とライトが振り上げた剣が衝突した。
レンの剣が折れるという予想に反し、棍棒は抵抗なく真っ二つにされそのままオークの胴体ごと断ち切ってしまった。
「……は?」
魔法ってあんなこともできるの?剣の刃が溶けている様子もないし、もうなんでもありだな。
ライトに続いてアニカもオークを素早さで翻弄している。倒すのに時間はかかりそうだけど、オークの体には傷が付き始めている。
ライトとアニカはかなり奥まで進んでいった。
このまま2人でいけるか。そう思った瞬間、一匹のオークがこちらに向かってきた。
「……」
声が小さすぎて聞こえなかったが、魔法使いの子が詠唱したようだ。大きな水球がオークに向かって行く。そして顔面に当たって瞬間、弾けた。
「ブオッ!?……?…ブオォォォ!!」
オークは一度止まったものの、しかし思った以上の効果はなかったようで、怒りを顔に浮かべて魔法使いの子に襲いかかった。
「ひっ」
悲鳴を漏らし、怯えていて動くことが出来ていない。リーゼは我先に退避してる。嘘だろ。そんな簡単に見捨てるの?仲間じゃないのかよ。お前ら。
「ルル!!」
ライトが魔法使いの子の名前を呼ぶ。距離が遠い。あそこからじゃ間に合わない。ああもう。
『
オークはいきなり沈んだ地面に躓き前に転びそうになった。魔法使い、ルルの脇を駆けオークの心臓を一突きして殺し、彼女を庇うように後ろに下がる。
他にこちらに来るオークはいるか?いやいない。とりあえずはこの一匹だけだろう。
「えっと…、大丈夫?」
「……(コク)」
ルルは自分で立ち上がって頷いてくれた。良かった。結構ギリギリだったから、間に合って良かった。
オークの群れが片付いた後、ライト達がこちらに近づいて来た。唖然とした顔でレンを見ている。なぜだ。そんなに弱く見えていたのか。だとしたらその通りだろう。あれは偶々奇襲が上手くいっただけだから。あまりじろじろ見ないでほしい。
「…ふん」
気に食わない、という感情が乗った声で彼はまた進んでいく。他のメンバーも続き、魔法使いのルルだけが頭を下げて追いかけていった。
お礼を言われる程ではないけど、こんな態度を取られるとは思わず、固まってしまった。
どうしてだろう。ああ、もしかして、彼は。
自分がルルを助けたかったのではないか。
仲間のピンチに颯爽と駆けつけ、危うい所を救い、そして感謝される。そのチャンスを掻っ攫われたから。彼は苛立っている。それなら納得できる。
例えば姉さんと一緒にいて、危うい所を知らない人に助けられたら、もちろん感謝する。
けど、自分が助けたかったと思ってしまうこともあるのではないか。
そもそも自分も戦わないといけないはずなのに、彼らに任せっきりにしてたわけだから、これくらいはするべきだろう。お礼を言われるために助けたわけじゃないし。
そうやって理屈を捏ねて立ち直ると、後ろから声を掛けられた。
「いい判断だったよ。少年」
リリエールの護衛、白髪をオールバックにした老騎士、ゼシリオが褒めてくれたのか。
「あ、ありがとうございます」
圧倒的な強さを見せ付けられたゼシリオにそう言われて、戸惑いと嬉しさに言葉がつっかえてしまった。
「戦闘中にああやって周りを見ることはなかなか難しい。性格の部分もありますからね。強いて言うなら、もう少し剣の振りを小さくしてもいいと思いますよ」
「えっと、こう、ですか?」
先程と同じ剣を、今度はゆっくりと、大振りにならないように振ってみる。
ゼシリオは満足そうに頷いた。
「良いですね。正直、まだまだ直す所はいっぱいあるんですけど、その素直な姿勢が素晴らしい。きちんとした場所で習えば、きっと直ぐに伸びますよ」
これは喜んでいいのか。それとも褒めるとこがそこしかないということか。微妙なところだ。
ふとリリエールの方を見ると、前をじっと見つめていた。
それからしばらく、魔物と遭遇することがなかった。数が尽きたのか。それはない。あいつらは何かから逃げるようにこっちに向かって来ていた。何かあるはずだ。はずなのに、何も来ない。不気味だ。
そしてついに現れた。オーガ。オークと似ている。けど、それよりもゴツイ。全身が筋肉で覆われていて、牙も鋭い。黒い棍棒を持っている。明らかにオークの上位互換だ。
オーガは俺たちを見ると、雄叫びを上げた。
するとどういうわけか、オーガの持つ黒い棍棒から尖がった、三角錐の形をしたトゲトゲがびっしりと生えてきた。釘バットよりも痛そうだ。じゃない。
鬼に金棒。
鬼退治の物語を思い出すが、とても子供に語り聞かせられる見た目をしていない。あれは魔法なのか。
魔物に魔法。
鬼に金棒どころじゃない。
そして———
「トロールが来たぞぉ!」
トロール。森林と同じくらいの高さ。全身毛むくじゃらで、緑と黒が混じった色をしている。目が黄色い。人型で、その3本指に根っこから引き抜かれた木の幹を握りしめている。
これはまずい。俺達だけじゃ相手にできない。
「代わって」
その一言で後ろで待機していたメンバーが一斉に前に飛び出していく。
「まともに受けるな!下手すると即死だぞ!」
「土魔法で壁作ります!」
「神官はいつでも回復出来るよう準備しとけ!」
5つのパーティのうち2つがオーガ、残りはトロールを相手にしていく。
「俺たちもいくぞ!」
炎華の芽もオーガの方に向かっていった。
人数差は圧倒的だ。しかも上位の実力者ばかりのパーティが複数で相手している。
だが、
「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「くそ!こいつら普段より強いぞ!」
彼らは押されていた。
オーガとトロールは何故か必死の形相で暴れ回っている。そうしないと恐ろしい目に遭うかのように、人間を殺そうと躍起になっている。
オーガの振りつけた金棒は地面に小さなクレーターを作り、トロールのなぎ払いはそれだけで竜巻のようだ。
側から見ても状況は良くない。
加勢した方が良いのか。でも、自分が行ったところで何ができるだろう。オーガとトロール、どっちに狙われても一撃で殺される。何かできることはないのか。
何もできずに迷っていると、レンの横を誰かが通り過ぎていく。
白磁の髪がふわりと浮き上がるのが視界の端に映った。
彼女はトロールの元まで一瞬で駆け、たと思ったらオーガのいる場所で剣を振ろうとしていた。
飾り気のない刃が閃く。
「……え?」
レンがその言葉を発する時にはすべてが終わり、彼女はこちらに向かって歩き始めていた。いま、何が起こった。
遅れて、トロールとオーガは首を同時に落とし、斬った痕から血が勢いよく噴き出し始める。その顔は斬られる前と変わらない。おそらく、殺される直前のことも認識できなかったのだろう。
その身は変わらぬ白。
穢れを寄せ付けぬ白。
リリエール。
他の人たちも目の前の強敵が突如殺されて呆然としている。ただ一人、護衛のゼシリオを除いて。
本当に彼女がやったのか。未だ確信が持てない。ただ、白い何かが2体の前に現れて、その直後に奴らは首を断たれた。つまり、そういうことなんだろう。
誰もが信じられないといった表情でリリエールを見ている。
天使の死神が如き殺戮を見たかのようだ。
レンはリリエールを直視することが出来なくて上を見た。これ以上見続けたら、彼女をもう、ヒトとは思えない気がしたから。
深緑の森に囲まれた空には黒いカラスが飛んでいた。
レンがいる遥か頭上を旋回している。
それは偶然だった。
黒いカラスは旋回をやめ、下に降りて来るようだ。黒は大きくなっていく。最初は点だったそれが、空を占める割合を増やしている。おかしい。いや、違う。あれはカラスなんかじゃない。鱗を纏っている。トカゲに羽が生えたような見た目だ。速い。というか。ここに突っ込んで来ている?まさか…!
「上——」
上に何かいる。
「なっ」
言い切る前にはそれは着地していた。莫大な存在感と風圧に身体がフワッと浮き上がる。その生き物は目的のモノを掴み、地面を這うようにしてまた宙に戻ろうとしていく。
咄嗟にソレの脚に手を伸ばしていた。
「痛っ」
痛い。
風が全身に叩きつけられる。
ヒュゥゥゥゥと耳鳴りが響いて、ソレは天高く上昇していく。
下から「ワイバーン…!?」と聞こえた気がした。空耳かもしれない。
だって、俺は今、空を飛んでいる。
「わあああああああああ!!!」
まずいまずいまずいまずいまずいまずい。
どうしてこうなった。内蔵が重力とワイバーンの脚に挟まれて潰れそうだ。息がしづらい。聖天法で身体強化してなかったらとっくに振り下ろされてる。下には果てまで続く森。上には雲が。
「ギュアアアアアア」
「わぷっ」
視界が真っ白に染まって、突き抜けた。ワイバーンはどこまでも高く飛翔していく。そうだった。白と言えば。
「リリィッ」
気絶しているのか、リリエールはぐったりと力が抜けたようにしてワイバーンに掴まれている。
「離せっ」
片手で短剣を抜いてリリエールを掴む脚に突き刺す。だめだ。弾かれる。
「離せよ…!…離せって!早く…!」
なんでここまで彼女を助けようとしているのか。わからない。でも、死なせたくない。
空気が薄くなってきた。手が痺れる。このままじゃ。
「ギュアアア!?」
偶然、振り下ろした短剣が鱗の隙間に入ったのか、ワイバーンの脚の力が抜けて彼女を放した。
硬いソイツの鱗を足場に、リリエールに向かって踏み出す。
そのまま巻き込むように彼女の小さな身体を抱き止めて落下していく。
まだだ。
まだ奴は諦めていない。再度捕らえようと脚を突き出してきた。
想像しろ。今、この状況を打開する自分を作り出せ。
「ああああああああああああああ!!!」
奴の脚を死ぬ気で蹴り付け、その軌道をずらす。
右脚が千切れるような痛みが走った。
それでも避けることができた。
けど、翼が当たったのか、脇腹から血が溢れ出していく。
溢れた血は宙に残って空中に飛び散っていった。
どうやらかなりの高さまで来てしまったようだ。遥か宇宙の星がキラキラと煌めいていて、そこに漂う赤い血と、大口を開けて迫ってくるワイバーン、胸の内にすっぽりと収まる純白の少女、どれもこれも、幻想のファンタジーで、でもそれを俺は、美しいと思ってしまった。
もう、死んでもいいかな
そう思えるほどに、自分は満たされてしまった。
ここまで来れば良くやった方だろう。何もない自分が今、ここにいて、精一杯生きた。思い残すことは幾つかあるけど、後悔しない人生を送ることができたと思う。
でも、せめてこの子だけは
自分が諦めることと、彼女をそれに巻き込むことは違うだろう。あとは何が出来るか。とりあえず、その口に火球でも飛ばしてみようか。
そうして手を伸ばしてみたけど、魔力がもうないのか、何も起きることはなかった。
あー。
最期に、物語の主人公らしくすごい力が目覚めるかとやってみたが、なんてことはない。やはり自分は主人公では無かった。そのことに少し寂しさを覚えたが、やっぱり、という気持ちが強かった。
さよなら。異世界。
そんな似合わないセリフを吐いて俺は死んだ。
はずだった
〝
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