第41話 第2ラウンド

「エリーを後ろから抱きしめたんだって?」




通りすがりの人にいきなりぶん殴られたような気分だった。


その質問はさっきと比べれば軽い、が、目が笑ってない。


完全に娘に近づく虫を見る目だ。


今度は別の意味で冷や汗が流れる。

第2ラウンドのゴングが鳴った。


ストレート。


まずい。開始前にいいのをもらってしまった。すでにダウンしかけてる。い、いや、まだだ。たった今始まったばかりなんだぞ。立て、立つんだ!俺はまだ闘える!


「ど、どうでしょう。あの時はそれはもう必死で、よく覚えて無かったというか、気にする余裕もないといいますか」

「ほほう、エリーが苦しいくらいに抱きしめられたと言っていたが」


ジャブ。


「いや違うんです。おと——

「お義父さんと言ったら殺す」ジーク様!」


フック。


「きっとあれです!空気が薄くて息が苦しいという気持ちが、その、お腹に触れた手が締まって苦しいと混ざってしまったんです!」

「つまり、エリーのお腹に貴様の手がいやらしく触れたわけだ」

「い、いいいいやらしくは無いです!」


 あの時の感触が蘇る。


「貴様、今手を動かしたな?」

「はっ」


アッパーカット。


「そうかそうか、ああ、そういえば」

「な、なんでしょう……?」


まずい、意識が一瞬飛びそうになった。


「あんなに痛くされたのは初めてとも言っていたなァ」

「なっ」

ちょっ、何言ってくれちゃってんの!?


思わずリリエールの方を振り向く。


リリエールはだってほんとのことだもん、と不思議そうに小首をかしげる。なんだ。もん。もんって。可愛いかよ。


「よくも娘を傷物にしてくれたなぁ?」


 言い方ぁ!?


「い、いや別に俺は」

「言い訳は聞きたくないが?」

「うぐっ」

 

 ど、どうする。そうだ。謝るんだ。こうなったら謝ろう。これ以上被害を出す前に深く謝罪するんだ。


「申し訳ござーー」

「エリーがレン君の血でどろどろに汚されたとも言ってたわねぇ」

「え」

「は」

「なかなか落ちなくて大変でしたね」


とどめのジャーマンスープレックス。 


いやそれもう違う競技じゃん。


金髪の美人な女性が口元に手を添えて楽しげに笑っている。


ゼシリオがさらっと感想を述べた。


「は、はは」



「ははははははは!残念だ!残念だよ!未来ある若者の芽をこの手で摘むことになろうとは!なんたる悲劇か!だが仕方ない。これが運命というものだ!せめてもの慈悲に、苦しんで逝かせてあげようではないかあ!」


両手を広げて立ち上がり狂気の笑みを浮かべているリリエール父。魔王にしか見えない。


怖。怖い。怖いって。いきなり豹変しすぎ。もうキャラが変わっちゃってるよ。目が完全にいってる。え?か、髪が燃えてる。頭髪と同じ色の炎が揺らめいている。やば。


「エリーは渡さんぞおおおおおおおおおお!」


悪鬼の形相で襲いかかってくるジークにレンは反応できずにいた。え、俺ここで死ぬの?


「パ、パパ!」


ピタリ、と動きが止まる。

リリエールはどこか言いづらそうに、視線を逸らして告げた。


「その、見ててはずかしい」


「がはっ」


ジークはそのまま崩れ落ちてしまった。


金髪の美人は肩を震わせて笑いを堪えている。


レンはゼシリオと目が合い、親バカですみません。あ、はい。そうですね。と言葉もなく疎通した。


俺は、何をしているんだろう。





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