第2章
第27話 ルーキー
浅く息を吸い、音を出さないように薄く吐き出す。
吸って、吐いて、吸って、吐いて——今
「グギャッ」
木陰から飛び出し、弓持ちのゴブリンの首に短剣を突き刺して、体格のでかい棍棒持ちに強襲する。
司令塔がやられた動揺によって反応が遅れた奴の棍棒が振るわれる前に、右手に持った長剣で胸を切り裂く。
「「ギャギャギャ」」
仲間を殺されて怒りを帯びた剣持ちと槍持ちが突貫してきて
『
剣持ちが踏み込んだ右足が沈み込み体勢を崩す。
剣持ちは前に身を投げ出すように倒れて、槍持ちとの連携が崩れた。
槍持ちがそれに気を取られたところで、槍を持つその手を斬りつけそのまま心臓あたりを突き刺す。
「ァァァ、ァァアアアアアア!!」
仲間を全員殺された剣持ちが立ち上がって向かって来るのを相手にせず、後ろに引き下がる。
「ガアア!アア!グ、グギャッ、アアア!!」
がむしゃらに剣を振るゴブリンの攻撃を躱し、弾き、いなしていって徐々に後退していく。
奴の息が切れ、ペースが鈍ったところで
ここ、と一気に反撃に出る。
相手に体勢を整える暇を与えずに攻めて、攻めて、攻めまくる。守る以外の行動を封じていく。
ついにゴブリンは後ろに倒れ込むように傾き、地面に接するよりも早く斬りつけられて赤い血が舞った。
まだ息のあるゴブリンにとどめを刺し、周囲の状況を確認したところで、力を抜く。
「ふーーーー」
ゴブリンの魔石を剥ぎ取り、落ちている武器を回収して、警戒しつつも森の外まで歩き、近くの川辺で血を落として座り込んだ。
あれから、2年の月日が経った。
一度騙されたこともあってポーターを辞めることにし、ひたすらレッサーゴブリンを狩り続けて半年、Eランクとなってから1年と半年が過ぎた。
まず、ゴブリンを倒せるようになった。
聖天法によって身体能力を向上し、また自分自身の成長によって一対一でもゴブリンを相手取れるようになって、魔法もあらかじめ場所を決め、先にイメージを固めておくことで軽く躓くくらいの凹みを実践で作れるようになった。
装備も魔物の皮でできたレザーアーマーを着用し、短剣と長剣を新しく一つずつ買って両手で使えるように練習した。
実力を伸ばすのにゴブリンは丁度いい相手だった。
こいつらは良く4人1組で行動している。
1番やばいのは弓持ちのゴブリンで、弓の他にも短剣を持っている。敵と出くわすと直ぐに隠れて弓を撃ってきて、指揮官としての役割も持ち他のゴブリンも連携してくる。
こいつのせいでFランクの時は手も足も出なかった。
次にやばいのは棍棒を持つ体格の良いゴブリンで、まともに打ち合うと剣が壊れる。というかぶっ壊された。大振りだし雑だから一対一でも時間をかければ勝てるかもしれないけど、その状況に持ち込むのは難しい。
次に槍持ちのゴブリン。リーチが長い武器はそれだけで厄介だ。だけど一度突いて引き戻す時にもたつくからそこを狙えばいい。
最後に剣持ち。ただ剣を振り回してくるだけ。癖を見抜いて落ち着いて対処すれば一番戦いやすい。油断はできないけど。
こういった一対多の戦闘を繰り返すことで戦い方が身に付いたのもそうだけど、何より奇襲が上手くなった。
初めの一撃が気づかれないこともあったりして、その後の動きも素早くなったように思える。
けど
「ゴブリンってこんなだったっけ?」
最近のゴブリンはおかしい
以前はゴブリン全員が武器を持っていることはあまりなかった。おそらく剣持ちは下働きでもしてただろう。棍棒持ちだってここまで体格が良いわけでもなかったし、弓持ちは短剣を持っていなかった。
ここのゴブリンが減って新しく強いゴブリンが来たのか、それともここにいるゴブリンが強くなったのか、それはわからない。
だけど、歓迎できない事ではある。
今はまだ何とかなっているけど、これ以上ゴブリンが強くなったら狩場を変えるしかないかもしれない。
一抹の不安を抱えながら冒険者ギルドへ行き、ゴブリンの魔石と武器を売る。
再利用されない為にゴブリンを倒した時にはその武器を持ち帰ることが推奨されており、一つ一銀貨で買い取って貰うことができる。
合計で六銀貨と最近安定してきたな、と思っているとハイマンさんに「お前そういやDランクになったぞ。おめでとう」と言われた。
「…っとほんとですか!? 」
「そうだな」
それにしては軽くない?めっちゃさらっと言われたんだけど。
「はぁ、あんなガキだったお前ももうDランクか。早いもんだなあ」
どこか遠い目をしている。まだ若いだろうに。
「これでお前もここを卒業だな」
「どういうこと?」
「壁内の冒険者ギルドに行くってことだよ」
「あー。でもさ、これからもアダハ森林で稼ぐならここで良いんじゃないの?」
「それは、そうなんだがなあ。Dランク以上にとっちゃここは素材の預け入れぐらいでしか来ないもんなんだよ」
「どうして?」
「まずDランクからの依頼は大体向こうにある。それに設備も向こうの方が良い。そしてなによりも、受付嬢がいる」
「受付嬢?」
「そう、向こうには女の受付がいるんだ。気になるだろ?」
「まだ子どもだから」
気にならないとは言ってない。
「子どもにゃわかんねえか。お前も大人になれば分かるよ。それに、ここでDランクが居座るといろいろと絡まれるかもしれねえからな」
確かに、場違いな所にいるのは気まずい。
「素材の預け入れって?」
「大きい素材とかを壁内まで持ち運ぶのは面倒だろ?それをこの出張所で預かることができる」
「そっか…」
ここに来ないとなると、それはそれで寂しいものかも知れない。
もう2年以上もここに通っていたのか。
長かったようで、短かったような
ハイマンさんに頭を下げる。
「今まで、お世話になりました」
「なっ…」
「対等に接してくれて、ありがとう」
子ども扱いだったけど、それは当然のことで、だけど冒険者になってから見下してきたことは一度もなかった。それだけで、良い人に恵まれた。
「な、何言ってんだ。別にいつでも会えるじゃねえか」
「そうなんだけどね。言っておきたかったんだ」
感謝は言える時に言葉にした方が良い。そう思うんだ。
「…まあ、俺もお前が成長してくのを見るのが楽しかったよ。ありがとな」
ハイマンさんはなんだかんだ言って優しかった。近所にいる気のいいおじさんみたいな、たまに会う親戚のおじさんみたいな人だった。
この人が、俺を見るときに、楽しそうにちょっとだけ口の端を吊り上げるのを見るのが、意外に好きだったりした。
「ほら、早く帰って姉ちゃんに伝えてこいよ。
じゃあな。ルーキー」
「まだルーキーなの?」
「俺からしたらお前なんて全然だ。上には上がいる。だからしぶとく生きろよ。レン」
なんてやつだよ。ハイマン。そんなこと言いやがって。泣きそうになるじゃないか。
「そのまま返すよ。ハイマン。じゃあね」
「おう。元気でな」
俺は振り向かなかった。今の顔を見られたくない。揶揄われたらかなわない。このまま綺麗に去ってやる。
なんとなく、ハイマンは後ろで笑っている気がした。
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