第31話 祈祷
俺は、聖人君子じゃない。
道案内とかちょっとした怪我くらいなら助けようかと考えるかもしれない。それでも動き出せないこともあるだろう。
さっきみたいに生活が覚束ないとか重症者とかなら、見て見ぬふりをするか、その場で突っ立っていることしかできないだろう。
相手によってもそうだ。老人か子供か、男性か女性か、見た目が良いか悪いか、知り合いか他人か。
柄の悪い危なそうな男の人と、たとえば優しそうな美少女が助けを求めていたら、俺は後者を選ぶだろう。
たとえどちらを助けても、その扱いは変わるだろうし、そうでなくても内心は違ってくる。
もちろん、出来るだけ助けたいとは思ってる。
お礼を言われると嬉しかったりするし。
けど、今の自分にとっては助ける余裕があって、自分が許容できる範囲のことで、手を貸したいと思える相手なら、ということになる。
人によっては浅ましいと思うだろうし、実際にどう行動するかはわからないが、そういう自分であると言うことを自覚しておくべきだと思う。
無理に手を出して、自分が被害を被るくらいなら、見捨てる。その選択肢を持っておくことでも変わるものがあるかもしれない。
リズさんの講義は知識だけじゃなくて、人として糧?財産?とにかくこれを聴けて良かったなと思うことが多かった。
7回の講習が終わって、ついに試験を受けることになった。
筆記試験は単純な計算問題や地理とかで、暗記ができればそんなに難しくはなかったけど、面接試験。
あれ、ノックって2回?確か3回だった気もするな。
座るタイミングっていつだったっけ。
お辞儀の角度は何度?
後から思えばそこまで細かくは見られていなかっただろうけど、前世の就職活動の面接を思い出して胃がキリキリしてた。
部屋に入ると何人か居て、その中にリズさんも居た。
途中の質問で何度かつっかえてしまったけど、試験管はゆっくりでもいいですよ、と言ってくれて。
いい人達だなぁと少し安心して、無事に終えることが出来た。
部屋を出ると次は姉さんの番で、がんばれ、と応援の気持ちを送っていると、緊張が少しとれたようで、こちらを見て頷いて部屋に入っていった。
結果はその日のうちに出て、2人とも合格だったときはお互いに喜び合った。
その後にまた別の部屋で説明があって、まずカードを渡された。
「これが貴方たちの身分を証明するものになります。絶対に失くさないでください」
一応、ギルドカードでも証明できるが、失くしていい理由にはならないだろう。
ギルドカードにはDランクと表示されていて、用がないのに何回も取り出して眺めていて、姉さんに微笑ましそうに見られて慌ててしまったり。
おすすめの宿屋とか、困った時に相談するとことか、付き添いで住む人の仕事の紹介だとか、思った以上に親切でびっくりした。
冒険者として入った場合は、怪我などの特段の理由が無ければ最低1年は冒険者として活動しなければならないらしい。
姉さんは裁縫屋を紹介してもらえることになった。
冒険者ギルド近くの新しい宿屋で夜を過ごし、次の日から冒険者活動を再開することにした。
出発前、扉の前でリンは目を閉じ、レンの右手を両手で包み込んで額に当てていた。
二人だけの静寂が広がる空間でじっと祈るその姿は、どこか浮世離れした神聖さを感じさせる。
〝
ロキおじさんに教えられたそれは絶対的なものではない。
所謂おまじない、願掛けの類で、それをしたからといって人は、死ぬ時は死ぬ。
それでも何もせずにはいられない者が無事に帰ってきてと祈ることはいけないことだろうか。
少なくとも、俺はそう思わない。
見送るには長く、祈るには短い時間が過ぎた。
「行ってきます」
「…いってらっしゃい」
レンが去った後も、リンはその背中をじっと見つめ続けていた。
人の出入りが多いギルドでは分厚い扉が開けっ放しになっていて、中には百人単位での冒険者がいた。
「人多すぎ…」
あまり人がごっちゃになっている所は好きじゃない。
「レン君」
入口に入ってすぐの場所で声を掛けられて振り返ると、『駆け上がる狩人』のルインさんだった。
「久しぶり。Dランクになったんだね。
おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
大体2年ぶりくらいか。あの頃よりも大人としての余裕が増しているように見える。
ふとナックを見るとこちらを観察しているようで、何も言葉を発しなかった。
せっかくだからお互いのこれまでの事を話そうと誘われたので、立ち話をすることになった。
ルインさん達は今もBランクで、もう少しでAランクに上がるかもしれないらしい。
これはかなりすごいことで、Dランクが一般的な冒険者だとすれば、Cランクはベテランと言ってもいい。Bランクはその中でも才能ある人だけがなれるもので、Aランクともなると、国の中でも一握りなんだそう。Sランクは世界でも10人もいないから、事実上冒険者がなれるトップということになる。
自分が2ランクも上がったんだからもうAランクになってるだろうと思っていたら、ルインさんからその事を聞いて思いっきり反省した。
何言ってんだよ。Dランクのくせに。というか、Bランクでも才能があるのに、Aランクって。国で一握り?そんなの普通なれるわけないだろ。でも、ルインさん達、駆け上がる狩人は違った。普通ではなかった。俺なんかが想像もつかない戦いを経て、上に駆け上がっている。
すごい。すごいよ。この人たちは。
よく見れば周りもルインさんたちに注目している。それは憧れや嫉妬、ライバル視といったものばかりで、侮るような視線を向ける人は誰もいない。
なんだかこの人たちといるのが場違いな気がしてきた。俺ここにいていいのかな。
周りの目を気にしながら会話していると、入り口からざわめきが聞こえてきて、その方向に顔を向けた時、その集団は現れた。
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