第7話 調子に乗らないように
姉さんに心配されながらも見送られ、アダハ森林を探索していたところ、レッサーゴブリンにいきなり見つかった。
「ギャァアアアアアアアアアアアア!!!」
「っ」
驚き、身をこわばらせたけど、一秒かかるかどうかといったところで立ち直ることができた。幸い距離が離れていたこともあり、なんとか逃げ出すことに成功する。
逃げ切れたことは少し意外だった。前回はあんなに狼狽えていたのに。
イメージトレーニングが役に立ったのもそうだが、おそらく一度経験したのがでかかった。
あの咆哮を真正面から受けたから、その恐怖を身体が覚えていたから、動けた。
知っているのと知らないのでは、その差は歴然だった。
イメージじゃない、実際に体験することでしか得られないものがあるんじゃないのか。
不意にレベルアップと言う言葉が頭をよぎった。
「何だそれ」
苦笑いする。バカみたいだ。たしかにゲームみたいなファンタジーな世界だけど、ここは現実なのに。
ゲームみたいに容易くは無いだろうけど、僕も成長することができる。
焦らず、着実に行こう
もう一度気を引き締め直し、僕は森を進んでいった。
仮登録の日から七日たち、ついに僕は五体目のレッサーゴブリンを狩るというところまできた。
この七日間、危なかった場面はいくつかあったものの、今のところ順調に物事は進んでいっている。
まず、一日に狩るのは一体までにした。欲張ると碌なことにならない気がしたから。
それに一体だけと目標を決めることでその分集中して取り組むことができた。
あとはひたすら観察に徹する。森林の地形を出来るだけ頭に叩き込み、レッサーゴブリン達の行動を見て、できる限りの情報を得ようと全力で観察した。
奴らは獲物を見つけた場合、真っすぐに突っ込んでくる。フェイントとか、そんなことは一切考えない。見失うまで追いかけてくる。あと思い切りがいい。そして森の生き物全般に言えることだが、基本的には森の外まで追いかけてくることがない。縄張りか何かあるのだろうか。だからできるだけ森の入り口付近を探索し、逃げるときは森の外を目指すようにすればいい。
奴らは奇襲という考えがないのか、先にこちらを見つけても吠えながら襲い掛かってくる。ばったり出くわさない限り、気が付いたら目の前にいるということもない。
そして聞いていた通り、奴らの身体能力はそこまで高くない。最初は動きが速く、力も強いと想像以上に大きく見ていたが、子供の自分よりも下か、あっても同じくらいだ。
それでも爪と牙を全力で振り回していることを思えば安心できないのだけれど。
一体も狩れない日もあった。
一度だけ、ゴブリンを見つけたことがあった。自分と同じかそれ以上に背が高く、武器を持ち、そして複数人で行動していた。
今の自分じゃ絶対にかなわない。たとえ一体だけだとしても勝てる気がしなかった。
そのときはすぐに逃げ出したものの、見つかってたらやばかった。
安全第一だ。
ちょっとでもまずいな、と思ったら逃げる。これを徹底している。
足音をできるだけ消すように森を探索していき、レッサーゴブリンを見つけた。まだこっちには気づいていない。
「………どうする?」
少し考えて、戦うことに決めた。
逃走の際のルートを決め、木の近くに移動し、すぐに動けるように体の重心を下げる。
やがてレッサーゴブリンはこちらに気づき、すぐに襲い掛かってくる。最初の時と同じように木の陰に移動し、突っ込んできたところで身を引く。奴が木に衝突し、その隙に回り込んで斬りかかろうとしたところで――――止まる。
目の前を奴の右手が通り過ぎる。
体勢を崩し胸をさらけ出したところを、突き刺す、というよりも、抉るようにして斬りつけた。
そしてすぐに離れる。
胸を押さえながらもまだ襲い掛かってくるが、その動きは鈍く少しして奴は倒れた。
確実に死んだと判断できるまで待ち、レッサーゴブリンの死体を引きずってから、木を背にしながらも警戒を怠らないようにして魔石を剥ぎ取る。
まだ上手くはできないが、少しずつ剥ぎ取りの時間も短くなってきている。
気を緩めないようにして森を抜け、今日はそのまま家に帰ることにした。
「はぁぁーーー……」
川で汚れを落とし、帰り道を歩きながら軽く息を吐く。
今日は上手くいった。
歩みは遅いけど、確実に成長していってる。
もっと強くなって、障害物なしでも倒せるようになれば、収入も安定するだろう。
「姉さんにもっとおいしいものを食べて欲しいし」
だから、調子に乗らないようにしないといけない。
自分自身の成長もあるのだろうが、その中にはレッサーゴブリンの行動を何度も見て、予測できるようになったというのもあるのではないか。
いざ、ゴブリンと戦うとなればまた勝手が違ってくるだろうし、この成果をすべて自分の実力だと過信するべきではないだろう。
明日、自分は本当の冒険者になるが、それでもやるべきことは変わらない。
獲物を狩り、ちゃんと帰ってくること、だ。
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