第25話 空大の気

 一頻ひとしきり泣いてすっきりすると、次に襲ってきたのはとてつもない羞恥心だった。ほとんど初対面の相手に泣き言ばかり漏らして、なんて恥ずかしいんだろう。それも憧れていた人に、だ。すっかり呆れられてしまっただろうか。

 透夜は片思いの相手を盗み見るように、白夜の横顔をちらちら見やる。


「方術とは、授かる気をあらゆる使い道へ昇華させた技を総じて表す言葉だ。五大はそれぞれ性質がまったく異なるため、己で技を練り、磨いていく必要がある。だが基本となる型は共通している。後で蒼馬や朱門にじっくりと鍛えてもらうといい」


 丸太に一緒に腰かけて、知らないことをひたすら教えてもらっていた。白夜は先ほどの感情的なやり取りからすっかり気持ちを入れ替えたように真剣に語ってくれていた。


「あの。鍛えてくれるのは、その……、兄者じゃだめなの?」


「俺はどうにも感覚的に物を捉えやすい。師には向いていない」


「天才肌なんだ」


「頭で考えるのが苦手なだけだ」


「じゃあ剣術は? ほら、他のみんなは刀とか使っていないみたいだし。俺も身内に習ってはいるんだけどさ、実戦を経験している人の太刀筋ってやっぱり勉強してみたくて」


「すまない。俺の流派は現在御留流おとめりゅうとなっている。ゆえに誰に指南することも出来ないんだ。もっとも俺自身、免許皆伝に至らぬ身。指南する立場にそもそもがないのだが」


「……そっか」


「頼れと言っておいてこの体たらくですまない」


 白夜は眉間に皺を寄せていた。沈黙があたりを包んだ。


「ケケケケ。なんだよお。この空気はよお。お前ら真面目かよお」


「そうだ。真面目な話をしている」


 透夜の膝で寝転がるイヅナが後ろ足をバタつかせる。この使妖が適度に茶化してくれるおかげで気まずい空気が流れないから透夜にはありがたかった。二人きりだったらきっともっと緊張していたに違いない。


「それにしてもよお。空大の気ってのはマジに得体が知れねえよな。ぱっと消えて、ぱっと現れる。ありゃあ、どういう仕組みなんだろうなあ」


「風大の気においても風に紛れ己の気配を断つ技はある。だがあくまでそう見せるだけであって風の中にたしかに己が存在する。けれど透夜、お前のそれは空間から完全に気配を断つ技だ。一瞬だが、確かにこの世界から存在が完全に失われる」


「うーん。俺自身は今もあの一瞬でなにが起きたかよく分かっていないんだけど。つまりあれかな。瞬間移動ってやつをしたのかな」


「空間を瞬時に渡る技か。あるいはお前自身が別の空間を生み出すのか。それであれば体内から剣を取り出したあの光景にも説明はつくが、だがしかし……」


「謎だよねえ」


「いや、お前のことだからな?」


 イヅナがばしっと前足でツッコミをくれる。


「これは俺たちだけで結論づけられる問題ではなさそうだな。しかし不動明王様からいただいた貴重なご加護とはいえ、その本質が読めないのは厄介だな」


「兄者もその力に目覚めた時は困った?」


「ああ。扱いにも困ったし、お前のように何故自分なのかと自問自答を繰り返したものだ」


「でも乗り越えたんだ」


「お前もそうなるさ」


 白夜の言葉には飾り気がなかったが、だからこそ直接的に響いてくるものがあった。それが透夜にとっては嬉しくて仕方がない。

 ふと白夜が頬を撫でる風の匂いを嗅いで空を仰いだ。


「一雨降りそうだな。俺はお城の偵察に赴かなければならないのでそろそろ失礼する」


「そっか。残念」


「透夜。今宵江戸で待っている」


「一緒に見回り出来るの? って、そっか。将軍様たちの帰り道はもうお浄めが済んでいるんだっけ」


「ああ。行きと同じ道を返すばかりのご予定だからな。先に浄めを済ませてあれば問題はないはずだ。何事もなければ数日は江戸の見回りに手を貸せるだろう」


「それは心強いな……でも」


「どうした。なにかあるのか?」


「ええっと、その。兄者の仕事ぶりを疑うわけじゃないんだけどね。それでも、用心に越したことはないよなって思って」


 透夜は言葉を選ぶように途切れ途切れに声を出す。


「あのさ、将軍様のお帰りにもどうか付き添ってあげて。妖のことだけじゃなくてもさ、ほら、帰り道にも危険なことがあるかもしれないでしょう?」


「ああん? なんだか意味深長な物言いじゃねえの。……そういやお前、来世から来たんだっけなあ。もしかしてなにか感づいてんじゃねえだろうなあ?」


「ええっと」

 

 イヅナの勘繰りにどう対処しようかと逡巡していると、


「無理に言葉にする必要はない。お前の言いたい事は分かった。配慮しよう」


 こちらの意を汲んでくれたのか、白夜はそう答えてくれた。

 ここが自分のいた世界の過去だとして、未来に関する発言を自分がすることでほんの少しでもその未来が書き換えられてしまったら――。そんな不安があって予言するような行いは控えたが、これくらいの忠告なら影響はないだろうか。

 透夜はトクトクと早打ちする胸元に手を当てた。完全とはいかないまでも一つ秘密を打ち明けられれば、真実胸を撫で下ろした。

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