第27話 強まる雨脚
横の高台を一匹の獣が滑るように駆け降りてくる。「新手かい!」とそぞろが後方へ跳び退くと低く唸る。
「いつになったら覚える。大牧からの使いだ」
「知っているさ。あの女狐の
それ以上は言わせまいと朱門が
「もしかして喜助なの?」
自分たちの前にやってきたのは一匹の狐。その姿に見覚えがあれば透夜がおそるおそる声をかける。すると狐はそうだよと言うように八本の尾を左右に揺らした。
「皆様。同胞より報せがございました。どうかお次は
「なにっ」と白夜と朱門が同時に声を荒げる。
「マジかよお。俺様そろそろ寝床について一杯煽りたかったんだが」
イヅナが心底面倒臭そうに欠伸をかませば、真面目な喜助はぺこりと頭を下げた。
「我らは姫様の夢告をもとに引き続き調べを行っておりますゆえ、これにて失礼致します」
言うや否や持ち前の脚力でさっさと川の向かい側へと駆けていってしまう。
「ど、どういうことなの?」
状況が呑み込めない透夜が不安そうに声を上げる。すると彼の横にあった白夜が「心配いらない」と言うようにその頭をポンと叩いた。
「
「ああ。それがよいだろうな。すまぬが頼んだ」
「あべべべ! わあの加護はどうするんじゃ?」
「それでは後にまた喜多院で」
自身が起こした風に溶けるように白夜がその場から消え去った。すると「おうい、置いてくなよお」とイヅナも呑気に叫びつつ後を追う。
彼らを見送った朱門は気持ちを新たに透夜へと向き直る。
「では透夜。我らはもう少し下流を見回ろう」
「あべべべべ! だから、わあの新たな力はあぁっ!」
ムジナの悲嘆を打ち消すように雨脚が強まったその頃――。
彼らと同じようにして道を急ぐ者があった。
「……大変だっ。早く。早くご後室様にお知らせせねばっ。とんでもないことになってしまう!」
それは
その懐には一通の書状が収まっていた。その重みを肌に感じながら、これだけは命に代えても守らねばと着物の内にしかと包み、主人は自らの高まる鼓動を聞かせていた。
夕刻より降りだした雨がいよいよ激しくなって、
将軍一行が法要を終え引き上げてくるその日を待ちわびて、城下は高揚した空気を纏っている。もうじき日付が変わる時刻というのに辻の要所要所には火が宿り、奥平家の家士が半武装の状態で立ち尽くす。そして追手門へとかかる橋を渡ろうとしたところで、主人もこれに引き止められたのだった。
「そこの者、止まれい。このような時刻に何用か」
門脇にいた番卒が近寄って
その時だ。ちょうど川の様子を見に門から出てきた家士が主人に気づいて声をかけた。
「お主は代官町の薬種問屋の主人ではないか。どうされたのだ」
奥平家に懇意にされ、度々奥へも通される商人であったから顔を覚えられていた。
主人は膝を泥の地面に沈めると、懐より取り出したその書状を高くかかげた。
「た、大変にございますっ。知り合いよりこれを預かってまいりました。どうかご後室様にお目通りを!」
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