第33話 傀儡子の罠
「……いい加減姿を現したらどうか」
白夜は前を塞ぐ坊主どもの肩越しに声をかける。林道を渡る風が相手方の気配を探る。
「よくぞ参られた」
それが妖の放った第一声だった。
坊主どもが道を開ける。現れたのは背の低い皺だらけの翁だった。
茶色の
「こりゃまたえらく不気味な野郎だぜえ」
白夜の横にあるイヅナが鼻をひくひく言わせる。
たしかになにを考えているのか見当がつかない。けれどやるべき事は初めから一つだ。
「将軍様に刃を向け世を乱そうとした罪。あまりに重い。ここで成敗されるは当然の報いと心得よ、悪鬼」
白夜が刀の切っ先を向けると、妖が組んでいた腕を解いた。
「我が名は
「何者であろうともお前はここで果てる。それが定めだ」
「ほほほ。不動明王の思し召しとやらか?」
「そうだ」
白夜は両足に距離をとって踏み張った。叢骨と名乗る妖が隙き歯を見せた。
「ならばそれもよい。目的はすでに果たしたも同じこと」
「その目的とはなんだ。腹蔵なく明かせ」
「ほほ。これであとはお前さんをここで仕留められれば、これ幸いであるが」
「なに?」
「お前さんがこ度、幕閣を日光山まで導くことは分かっておった。風の守人。忌まわしき五色の守人の一人にして将軍家の忠実なる犬よ。我ら妖から一行の身を守る為、お前さんが先だち往還を清めゆくは必定。なれど、将軍がわずかばかりの供を連れてこのような時分、思いがけずこの街道を使い江戸に帰還することになろうとは……よもやお前さんにも予想出来なんだなあ。これはぬかったのう」
皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにして笑う。
「俺をここにおびき寄せるために将軍家を欺いたとでも言うつもりか」
たしかに腑に落ちないことばかりだ。
正妻の急な病につき、秀忠が宇都宮城での宿泊を急遽取り止めて江戸に帰還する予定だと、そんな話が急使より舞い込んだ。しかし昨日まで奥の様子を見張っていたが平穏そのものだったのだ。それにいくら正妻が体調を崩したからといって、将軍が多くの供を置き去りに早駆けの事態を選ぶのはどうにもおかしい。
透夜の忠告もあって、なにか別の理由が出来たかと勘繰り舞い戻ってきたわけだが、この事態にこの妖の思惑が一枚噛んでいるということなのか。
「もちろん将軍の首を頂戴出来ればそれに越したことはなかったが。やつらにはこの謀の生き証人として立派に踊ってもらうのでよい。それにこうしてお前さんと差しで殺り合うことが叶ったのだ。我はそれだけですでに満足よ。ほほほ」
「謀の生き証人だと? このように状況を整えて一体なにを成そうとしている」
「それを簡単に打ち明けると思うてか」
「……ならば問いを変えよう。ここを将軍家の使いの方々が通ったはずだ。どうした」
「はて。再び日が昇ったならば辺りを探してみるか? この者どもが相手をしたのだが、我にもそやつらをどこに捨て置いたかいっこうに分からぬのだ。こやつら、立派に聞き分けることは出来るが喋ることは出来なんだ。まだまだ改良の余地があるでのう」
妙に落ち着いた態度に不快さが増す。彼らはしょせん傀儡子を名乗るヤツの試作品に過ぎないということか。
丸めた頭に袖なしの粗末な上着。半端丈の
「そちらにおわす方々は鉄砲同心、根来衆とお見受けする。只今は
叢骨はさも得意げに言った。
「我は傀儡子。人間どもの思惑を手繰り寄せ、手の平で転がすなど造作もなきこと。この者たちも懐柔したに決まっておろう」
「懐柔だと。命を刈り取っておいてよくもそのようなことをっ」
「ほう。やはりお前さんには分かるのか。そうよ。生気が感じられぬだろう。これはもう臓物を丁寧に取り除いたただの器にすぎぬ。ただし特殊でのう。肉体に染みついた鍛錬の記憶は残ったまま。つまりひたすら我の言うことを聞く
「外道め!」
「まあそう熱くなんなって、相棒」
イヅナが白夜の前を塞ぐ。
「俺様、くだらねえ問答に付き合わされて営業時間を延長されんのはご免こうむるぜえ。ちゃちゃっと追いこんで吐かせちまえばいいだけの話だろうが」
たしかに的を射た意見だった。白夜は落ち着きを取り戻すと刀を構え直した。
「だそうだ。お前の企みはこの刀が探らせてもらうぞ」
「面白い。加えて自慢の方術とやらを駆使し、我を討ち負かしてみよ」
「ハッ。初めからそのつもりだったわけかい」
叢骨は後退すると木の枝に飛び移った。根来衆が前へと出てくる。
「兵隊に相手させててめえは高みの見物としゃれこむか。余裕かましやがるぜえ」
イヅナは叢骨を気にくわなそうに睨み上げる。
「おい。あいつ最後に喰らっていいかい?」
「特別に許そう。だがいいのか? あれはいかにも不味そうだ」
「最近美味いもんばっか食ってるから胃がもたれてんのよ。悪食もたまには良薬ってねえ」
「ならばまずは各々方に退いてもらうぞ」
相手側が武器を構えると二手に分かれた。
白夜はイヅナが頷いたのを認めると即座に前へと踏み込んだ。
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