第34話 張り巡らされた糸

 戦いが始まると白夜はいくつか情報を確認した。


 先ず相手にしているのはやはりあの根来衆ねごろしゅうで間違いない。五人ずつに分かれて自分とイヅナの相手をしているが、それこそが彼らの基本隊形だった。その戦闘方法も飛び道具と刀の両を用いており知識通りだ。


 白夜は四方を囲む刃を受け流すと、彼らの肩を借りて真上へ浮上した。

すかさず残りの一人が銃口を向けてきた。さすがに長い歴史の中で培われてきた殺戮法に死角はない。


「――だが」


 白夜は刀を持たぬ手を振り上げた。生み出された風の刃が刹那に扇状に伸びて弾の横腹を食らう。弾道が大きく反れた。銃を手にした者が体勢を立て直すと林の中に後退する。それと同時に白夜はもんどりうって着地した。


「やはり風の使い手であるお前さんとでは分が悪いようだ。これでは砲術の達者と名高い根来百人衆も名折れよのう」


 叢骨そうこつはさして焦る様子もなく彼らの働きを眺めている。


「その百人衆の残りの方々をどちらへやった」


「このように狭く障害も多き場所で、しかもお前さん相手では十分に力を発揮出来ないことなど火を見るより明らかよ。残りの者にはそれなりの場所を用意してやったわ。そこでなら、こやつらもまあまあ働けるであろう」


「それなりの場所だと?」


「お前さんが相見あいまみえることは決してない。気にするでない」

 

 叢骨は目を細めると顎をかくかくと揺らした。傀儡子くぐつしを名乗る当人こそが、もっとも人形らしい有り様だ。 


 根来衆が立ち上がる。いく度となく打ち払おうとも挑んでくる。

 やはり術者を仕留めない限り延々とこのやり取りは続くのだろう。妖の分際であれば再起不能となるまで切り刻むことも出来る。しかし器が人間とくればそうもいかない。五大の力は悪鬼を討ち滅ぼすためのものであり、人を傷つけるためのものではないのだ。

 

 考えあぐねていれば背後に大きな物音があった。

 振り返れば、相棒が倒れた巨木の下敷きになっていた。


「イヅナ」


「……すまねえ。やっちまった」

 

 イヅナは罰が悪そうに舌を出す。目を細めているあたり、苦しそうだ。その体には細い網状の糸が巻きついていた。


「毒が仕込んであるのか」


 イヅナに近づこうとすれば、またしても根来衆が前を塞いだ。イヅナを捕縛すると指示を全うしたといわんばかりに別の五人も加勢した。


「林ん中にもう一匹いやがったんだ。気配が掴めなかった」

 

 白夜はイヅナの恨みがましい視線を追う。

 わずかな枝葉の擦過音を連れて現れたのは一匹の妖。倒れた木の幹を艶めかしい動作で伝い、目の前まで移動してくる。夕日に黒光りする複数本の足。膨らんだ頭部の中心には人間の女の上半身が挿げてある。


 巨大な化け蜘蛛は捕えたはずの獲物を食らうでもなく、以降はじっとこちらを監視してくる。その体からわずかな妖気も感じなければ、殺気も漏れ出てはいない。根来衆とは違いその体を包むどす黒い靄も存在していない――。


(すでに長い時を操られ呪いが完全に馴染んでいるのか)


絡新婦じょろうぐも。イヅナが気配を感じなかったことからして、それもお前の作品の一つか」


「ふふ。すばしっこいお前さんの相棒対策よ。あらかじめ網を張って待たせておいたわ。うまく誘導できたようだな。引っかかった。引っかかった」


 叢骨はしゃがむとイヅナを見下ろして笑う。


 イヅナは歯を食い締めている。牙が肉に食い込み、血が滲んでいる。悔しがっているというよりは、その痛みでもって毒への意識を薄めようとしているらしい。


 絡新婦は餌を仕留めるべく無臭の特殊な毒を持った透明の糸を縄張に張り巡らす。これに捕まれば逃げることは難しい。もがけばもがくほどに引き締まる糸はかなりの伸縮性がある。毒の回りも早い。過去に相手をしたことがあれば厄介さは証明済みだ。

 

「また厄介なものを手駒にしてくれたな。……イヅナ。少し待てるか」


「……ああ」


「ふっ。毒が回りきるまでに我を負かすか。めでたいのう。こやつらの相手もあるというに、さてどのようにして我に近づくつもりか」


 叢骨の挑発を受け流し、一旦納刀する。懐からあるものを取り出す。


「ほう。護摩符ごまふとな」


 感心したように頷いたのも束の間、叢骨はあざける。


「それは万物の魂を浄化する符であろう! 呆れたものよ。この期に及んで人間どもを救う気とは。言うたはずぞ。器に当人たちの意思など欠片も残ってはおらぬとなあ!」

 

 白夜は複数枚の紙切れを両手に握りしめ、集団の中へと転がり込んだ。


「おうおう。無駄なことを」

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