第18話 理不尽な契約

「オイラたちは各地の森に昔から住む鬼族なんだよう。そんでオイラたちの家族は目黒の森に住処を持っているんだよう。けんどさ、瀧泉寺がちょっと前に焼けちまってさ。結界が弱まったもんだから余所よその強い妖が森を荒らしにくるようになっちまってよう」


「んだんだ」


「まさに踏んだり蹴ったりな日々だったんだナ。そんな時、流れ者のムジナの兄貴が森を通りかかったんだナ。そんでオイラたちの話を聞いてくれて、ならばと用心棒を快く引き受けてくれたんだナ。これ間違いない」


「へえ。お前いいヤツじゃん」


 透夜が感心したようにムジナを見る。するとムジナは目も開けず口を真一文字に結んでいた。せっかく褒めてやったのに、なぜか居心地が悪そうだ。


「……んだけんど。『わあは一騎当千のツワモノだ、大船に乗ったつもりでいろ!』って。そう兄貴の触れ込みだったんだけんどさ。毎回こてんぱんにやられちまってよう。するとオイラたち家族はどんどん森の隅っこに追いやられちまってよう……。これじゃ大船どころか泥船に乗ってる状態なんだもんよう」


「んだんだ」


「もうこれ以上の負けは勘弁してほしいんだナ。森のおさでもあるうちのも、『ただ飯食らいをこれ以上置いておけないわ!』って、カンカンなんだナ。これ間違いない」


 それぞれ言い終わると、三匹の兄弟は短い手を必死に振り回して畳を踏みつけ始めた。おそらく地団太を踏んでいるのだろうが、なかなかに滑稽な舞いである。


「ええっと。それはなんというか、その……大変だな」


 同情を覚えるほどに酷い言われ様だった。

 すると三匹の素直さに耐えられなかったのだろう、ムジナが「あべべべ!」と奇声を上げて足をじたばた寝返りを打った。感情が高ぶったせいか変化が解けた。


「し、仕方ないじゃろがい! 本来わあはそりゃあ恐ろしい妖なんじゃっ。それをどこぞの人間がわあの記憶を真名まなごと奪いおってからに、こんなちんけな獣に身をやつしてしもうた。まったくもって本意でないわ!」


 だからなめんじゃねえぞ、と。その姿で凄まれたところでただただ愛らしいだけである。しかし真面目な話をされているというのに、彼らの雰囲気のせいか一切緊張感が生まれないから不思議なものだ……。


「調伏については朱門さんたちから大体のことは聞いているよ。真名を奪われたってことは、それを奪ったお前のご主人様がどこかにいるってことだろ?」


「おそらくな。じゃが一度の呼び出しもなければ、そもそもどんな人間に奪われたのか、まったく思い出せん。きっとそやつが意図的にわあの記憶を封じたんじゃ」


「それは不思議な話だな。なんでそんな事をしたんだろう」


「分からんっ」


 人も妖も己が何者であるかを魂に刻んだ真実の名、真名を持つ。名によって縛られる存在だ。けれど妖のそれは人の比ではない。妖は真名を知られてしまえば、それを知る者に魂ごと掌握されてしまうのだ。

 そして人が妖の真名を奪う際、これを調伏という。大変難しい作業で、どんなに修行を積んだ僧であってもなかなか叶うことじゃないらしい。けれど守人にはそれを可能にする力が備わっているのだそうだ。

 だとしても――。


『調伏は強大な妖であればあるほど時間も体力も消費する。時には命を懸ける事もある。しかしそうした強敵を調伏出来た時、守人は真に強き味方を得る。ゆえに浄化ではなく、己の使い魔とすべく契約という手段を取ることもあるのだ』


 昨日の大牧での朱門の言葉を思い出す。けれどそれは力を意のままに扱えて初めて成立する話だ。


「そもそもさ。俺は守人と言っても力の使い方もよく分かっていなければ、調伏のやり方だって知らないんだ。そんなやつが見せかけの主人になってお前になんの得があるの」


「得なら大有りじゃ! 五色の守人と言えば、わあら妖の天敵。その名を聞くだけで恐れおののく者は多い。そんなやつらに認められ、あまつさえ使妖になることを乞われたとあらば、その妖の実力は証明されたも同じこと。そいたら目黒の森も静かになるってもんじゃ! 守人の配下のシマを荒らそうなんて馬鹿な考えを起こす輩はそうはおらんからのう」


 がはははとムジナは有頂天に吠える。虎の威を借る狐ならぬ、守人の威を借る狸状態なのだが、こいつプライドはないのだろうか。最初に助けられた時はその体躯に見合わぬ度胸の良さに「かっこいい!」とまで思ったのに……。


「なるほどな。お前たちは守人の配下って肩書きが欲しいってことか。まあ名前を貸すだけなら俺の実力は関係ないだろうし、問題はないかもしれないけれど……でもなあ」


「はあん? さっきからお前、なにを謙遜しておるんじゃ。お前の実力はすでに証明されておろう。このわあと、あの牛鬼を葬ったのだぞ」


「ああ、そのことだけどさ。実は倒した時の記憶があいま――」


「あの牛鬼を倒しちゃうなんて本当に凄いんだもんよう。それをムジナの兄貴から聞いた時、オイラたちにはもうそのお人しかいないって思ったんだもんよう」


「んだんだ」


「ばば様からも頼まれているんだナ。んだからこれはお寺への正式な依頼であって、守人である親分にとっては立派なお役目であるんだナ。これ間違いない」


「お寺への依頼。守人のお役目……。話がどんどん大事になっているような」

 

 するとムジナが得意げに目を細めた。


「お前、先ほどどうやってわあがここに入ってこれたか聞いたな。答えは容易い。この寺には一部の伽藍がらんをのぞいて結界が張られておらんのじゃ。それは何故か。それはこの寺が人間と等しく妖の駆け込み寺でもあるからじゃ」


「妖の駆け込み寺?」


「困っている者には等しく手を差し伸べる。それがたとえ妖であっても――。いかにも坊主らしい考えじゃが、それが天海の方針なんじゃ。すると多忙な主人に代わってその考えを実践するのは守人の連中になるってわけじゃ。まあ人間に危害を加えるマネをしない限り、この寺は妖にも手を貸す唯一の場所になるってわけじゃな」


 困っているなら助けてあげる。けれど悪さをしたらお仕置きだからねっ。

 そんな究極のヒロインをで行くだなんて。なるほど、やはり天海という人物の魅力は底が知れないのだった。


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