第19話 故郷を恋う

「……そうか。うん。お前たちの言いたいことは分かったよ」


 ムジナと三兄弟の事情は理解した。けれど透夜には単純な疑問が残る。


「でもさ、なんで俺? 他の守人には頼まなかったわけ? ほら、朱門さんとか」


か。あやつは暇をみて森を見回ってやると言うてはいたが、寺の雑事も多ければ、空いた時間はもっぱら大牧のの所に通うのに忙しいからのう。そもそもわあはあの山姥とはウマが合わん。あんな癇癪かんしゃく持ちが同僚になるなんてまっぴらじゃ」


「たしかに強烈だよな。あと気になっていたんだけどさ、ぼう坊っていうのは朱門さんのあだ名か?」


「うむ。己が炎を扱うじゃろう。ぼうぼうと燃える坊主じゃからぼう坊じゃ」


「なるほど。うまいこと言うな。それじゃあ蒼馬には頼ん――」


 透夜の言葉尻に食らいつくように「ああん?」とムジナがメンチを切る。


「あの性悪に頭を垂れて仲間にしてくれと請うと思うか? このわあが」


「ですよね。知っていた。じゃあ風の守人の白夜さんは?」


「あやつは守人よりも公儀の犬って印象の方が強いからのう。堅物そうで苦手じゃ。あと多忙すぎる。使妖となったら呼び出しが多そうで嫌じゃ。ちなみにちび姫は屋敷からそうそう出ないらしいから元より候補にしておらん」


「そうか。分かったよ。お前が好き嫌いの激しいワガママ野郎だってことが」


 つまりは自分なら都合がいいということなのだろう。しかし新人の分際でそんな依頼を簡単に引き受けてしまってよいものなのだろうか。透夜が考えあぐねていると、


「頼むよう。オイラたちの故郷を守っておくれよう」


 三匹が透夜の膝につかまって上目使いに懇願してくる。ぎゅうっとズボンの裾が握られる。その姿は必死そのものだ。


「そっか。お前たちの故郷って目黒なんだよな。俺たち、同郷なんだよな」


 透夜が呟くように言ったものだから、不思議そうに三匹が「えっと?」と首を傾げる。

 

 ただそこに生まれたというだけで芽生える愛おしさ。感謝。誇り――。郷土愛と呼ばれるものは、万物に共通して魂に刻まれているのかもしれない。そうでなければ、こんなにも彼らが必死に訴えてくることはないだろう。自分だって心動かされることはないはずだ。


「……俺はさ、元の時代に帰るわけだからあまり無責任なことはしたくないんだ。けれど帰ったところで地元の様子が少しでも違っていたらきっと後悔するんだろうな。まあ本当にこの時代と繋がっているかは分からないけど。……でも、その可能性が万に一つでもあるのなら見過ごしちゃいけないんだ。だって俺、地元のみんなのことが大好きだからさ。なによりあそこは俺とにとっての故郷だし、だから――」


「だから?」とムジナと三兄弟が緊張した面持ちで復唱する。


「そうだな。ここに厄介になっている間は俺に出来ることは手伝うよ。役目がどうとか難しいことはよく分からないけど、動いていれば帰るヒントが見つかるかもしれないし」


「おお! 契約成立じゃな!」


 ムジナのその言葉を受けて三匹が「わあい」と嬉しそうに透夜の周りをくるくる回る。「親分万歳!」と連呼するものだからむず痒くなって、「親分じゃない、黒須透夜だ」と訂正を求めた。


「そんじゃあ透夜の兄貴。オイラたちは兄貴に忠誠を誓ってを献上するんだもんよう」


「兄貴でもないんだけどな……」


 二つ角の鬼が「んだんだ」と頷いて一歩前に出た。懐から大事そうになにかを取り出したと思えば、差し出されたのは獣の革製の巾着だった。まだら模様にカビが生えている。ちょっと臭う。


「一族秘伝の『眠り砂』なんだナ。一握りばら撒けばあら不思議。一町いっちょう(100mほど)先までみいんな寝ちまうんだナ。これ間違いない」


「へえ、すごいじゃん……って。あれ。これがあればみんな撃退出来たんじゃないのか?」


「これは人間にしか効かない砂なんだよう。これで人間を眠らせておいて、その隙に家や荷駄を漁って食い物をいただくんだよう。オイラたちの好物は人間の食い物だからよう」


「んだんだ」


「守人である兄貴なんかには流石に効かないけどナ。これ間違いない」


「ごめん、それは俺がもらって意味はあるのかな?」

 

 妖との戦いに備えて役立つものならまだしも、人間に悪戯をするためのものだなんて。けれど彼らの真心を無駄にするわけにもいかないなと困っていると、


「今回の件でこやつらの一族はお前にこの砂を精製法ごと献上すると言うておる。守人にこれを渡せば作成と使用を禁じられ、今在るものはすべて没収される。そんな事は百も承知の上で、それでも故郷を失うくらいならばと、飢えを覚悟で助けを求めておるんじゃぞ」


 ムジナが今までにないくらい真面目な声色で後押しする。

 このカビ臭い贈り物にそんな意味があったなんて。透夜が衝撃を受けていると、


「これはオイラたちの覚悟なんだよう。最近は目黒だけじゃない、あちこちの森が強い妖に荒らされて困っているんだよう。空の守人である兄貴の力でどうか鎮めておくれよう」


 再び三匹の上目遣いうるうる攻撃である。

 

 この時代にいつまで拘束されるかは分からない。けれどみんなの言う通り不動明王にばれた身だというならば、なにかを成さない限り拘束は解かれないんじゃないだろうか。透夜にはそんな予感があった。

 神仏は時に人に試練を与える。そのなにかが分からないのだが、そのなにかを知ることも含めて試練なんじゃないだろうか――。


(そうだ。この時代に自分が喚ばれた意味。それを知らなくちゃいけない)

 

 透夜は目の前に差し出された小さな皺だらけの手から巾着をもらい受ける。


「とにかく。このことは他のみんなにも伝えるから。相談にのってもらうんだ。それでその……俺にも出来ること、ちゃんと考えるから」


 透夜なりに誠実に答えたつもりだった。「分かったあ」と三兄弟が透夜の膝に頬をすり寄せる。「まあよかろう」とムジナも頷いた。


「それじゃあ早速二人に話をしてみよう」


 この時間なら朱門も蒼馬も江戸の見回りから帰って一息ついている頃だろう。透夜たちは部屋を出て庫裏くりへと向かった。

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