第14話

 俺は激しく戸惑っていた。

 目の前に居るのはアリサさんだけどアリサさんじゃない。

 なんて言えばいいんだろう……。

 見た目はアリサさんに間違いないんだけど、言動がアリサさんでは有り得ない。

 アリサさんであってアリサさんじゃない。

 アリサさんの姿をした別人。

 ……一言で言えば、そんな感じだ。

 じゃあ目の前に居る女性は誰なんだ……ということになる。

 が、全く想像もつかない。

 想像もつかないが、考えないわけにもいかない。

 目の前の女性をジッと見つめて考えてみる。


 なんだかアリサさんよりも……幼い?

 見た目はそっくりだけど……何かアリサさんの様なお姉さん感を感じない。


 アリサさんの姿をした女性はキャミソールにホットパンツという目のやり場に困る服装で、ソファーの上で胡坐をかいている。

 この時点で言動がどうとか言う前にアリサさんとは別人であるとわかるわけだけど……

 目の前の女性は俺と目が合うと「にゃはっ」と可愛らしく笑ってみせた。

 ……ますますアリサさんでは有り得ない。

 アリサさんが俺に対してこんな笑顔を向けるわけがない。

 では、この人は誰だ?

 二重人格ってやつか……まさか、な。

 アリサさんの中に、こんな感情豊かな人格がいるなんて思えない。失礼だけど。

 まだ、アリサさんは実はロボットで、目の前に居るのは感情表現を豊かに設定したアリサさん二号だった……って方が説得力がある。

 アリサさんがメイドロボ……ありそうで怖いな。

 まぁ、冗談は置いておいて……この答えを知るには、やはり目の前の女性に訊くのが一番なんだろうな。

「……あの」

 そう思って、俺は目の前の女性に話しかけた。

「アリサさん……じゃないですよね?」

「うん、違うよ。良く分かったねー」

 女性の返答は予想通りのものだった。

「それは、もう……」

 全然違うんで、とは言わない方がいいのかな?  

 やっぱり目の前の人はアリサさんではない。では誰なのか? 俺の視線に気付いた女性は、またアリサさんでは有り得ない笑顔を浮かべて、

「妹、だよ〜」

 と言った。

 へぇ、妹か――って妹!?

 アリサさんに妹!?

 し、しかも……

「ふ、双子?」

 考えすぎて逆に気付かなかったけど、よく考えてみればそれが一番可能性のあることだったんだよな……。

 ロボットとか……何考えてんだろ、俺。

「あ、双子じゃないよ」

 何ィ――――っ!?

「こ、こんなに似てるのに? じ、じゃあ何なんだ!?」

「だから妹だって……」

 何だか呆れたような顔をしていた。

 そ、そうか……妹か。

 双子じゃなくてもこんなに似るもんなんだな……。

 一人っ子には未知の領域だ……全くわからん。

「何? そんなに見つめて」

「ご、ごめん!」

 慌てて顔を背ける。

 あまりのソックリっぷりに必要以上に凝視してしまった。 

 でも確かに……よく観察してみるとアリサさんよりも若干幼く見えないこともない。

「まぁ、私ぐらい可愛いと見つめたくなっちゃう気持ちもわかるけどね〜」

 アリサさんに似た少女はそう言いながら立ち上がって近づいてきた。

「…………は?」

「照れんなって! 分かってるから」

 そう言って俺の肩をバシバシと叩いてくる。


 このやり取りで理解した。

 アリサさんとは違う意味で俺の苦手なタイプだと。


 このガキが……と、口に出して言ってやりたい気分になった。 

 ガキ……でいいのか分からないから言わないけど。

 てかアリサさんの妹なら今いくつなんだろう? 確かアリサさんは今年十七歳になる一六歳だったっけ。

 なら俺と同い年ぐらいかな。

「失礼ですが……おいくつでしょうか?」

「なに? そんなに私の事が気になるの? どうしよっかな〜……ただで教えるのもなぁ」

 う、うぜぇ……。この女、ウザすぎる。

「もう、しょうがねぇなぁ〜。そんなに知りたいなら教えてあげる」

 勝手に話が進んでいく。

 てか見た目アリサさんなのに言葉遣いがギャルっぽい。


「中学生だよ。中二」


 ちゅうがくせい?

「…………」

 中学生!?

 それは予想もしなかった。

 中学生って、あの中学生だよな?

 JCってことだよな……見た目ほぼアリサさんなのに……。

「どしたの? 黙っちゃって」

「いや、凄く驚いてるんですが」

 驚きすぎて敬語になってしまった。

「仕方あるめぇよ。こんなに大人っぽく且つ可愛さを失っていない美少女を前にしちゃあね」

 仕方あるめぇって……江戸っ子かよ。

 仮にも女の子としてそれはどうなの?

「顔はソックリなのに性格は随分と違うみたいっすね、お姉さんと」

「まぁね」

 ……会話がなくなった。

 無駄にお喋りな性格だと思ったのに、この話になった途端進んで話さなくなった。

「それで、アリサさんの妹がなぜウチに?」

 俺は彼女の招待が明らかになった今、一番の疑問を投げつけた。

「えっと……それは」

 なにやら言い難そうに右手の人差し指で頬を掻いて、背を向けた。

「それは?」

 俺はその背中に向かって聞き返す。

「頼まれたんだけど」

 頼まれた?

「それはウチに来るようにってこと?」

「うん……一ヶ月ぐらい前に」

「はい?」

「だから一ヶ月ぐらい前にお姉ちゃんに頼まれたんだってば。一人じゃ心配だから様子を見るようにって」

 それって……もしかして。

 アリサさんは出て行ったわけじゃないってことか?

 何か予定があって家を空けただけだと、それで妹に俺の様子を見るようにと。

「でも夏休みじゃん? 正直メンドイってか何で私がそんなことしなきゃなんないのって思うよね」

「ほう……それで?」

「まぁ、遊びつくしたし暇つぶしに行ってやってもいいかなって思ったから来たんだけど」


「そうですよね。遊びは大切ですからね」


 …………ん?

 俺は何も喋っていない。

 背を向けた彼女の背後にいる俺の……さらに後ろから声が聞こえる。


「だよね! 分かってんじゃん」


 妹さんはまだ気付かない。


「はい。あなたに頼んだ自分が馬鹿でした」

「あっはっは! 頼んだって……え?」


 引き攣った表情で後ろを向く妹さん。

 あ、俺は「ほう……それで?」って言葉を最後に喋ってません。

 それ以降、妹さんと話してたのは……俺の背後に突然現れたアリサさんだった。

 振り返ると、たった一ヶ月で懐かしく感じるぐらい、いつものメイド服でいつもどおりの無表情でアリサさんはそこに居た。  

「言うこと聞かない子にはお仕置きですね」

「痛い痛い! マジ痛いってお姉ちゃん!」

 妹の耳を引っ張るアリサさん。

 一ヶ月もかかる用事ってなんだろうとか、出ていく前に一言ぐらい言ってからでも良かったんじゃとか色々言いたいこともあったけど、とりあえず……

「おかえりなさい、アリサさん」

 

 なんか、そんな言葉が自然に出た。


「はい。ただいま戻りました」


 そう言って微笑んだアリサさんは見惚れるほど綺麗だった。

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