第2話
高校生活が始まって、早一ヶ月。
一般的に言えば、この時期は、新しい生活にも慣れてくる頃ではないだろうか。
自分の場合はどうだろう……。
学校、慣れた。
新しい環境、慣れた。
メイドとの生活……慣れない。
というか、なんだか毎日磨り減っているような気分だ。
精神が。
何言ってんの、メイドさんと暮らせるなんて最高じゃん。とか思うかもしれない。
俺にもそう思ってた時期がありましたよ。
初日の数時間でそんな幻想は打ち砕かれましたけどね!
それは何故か。
メイドのアリサさん。
彼女は俺より一つ年上の一六歳。
腰まで届くほどの長い金髪を後ろの腰近くで一つに纏めている。身長は女性にしては高く、一七〇センチ近くあり、モデルのようなスタイルをしている。
顔は……確実に美人だと言える。ただ、表情に乏しく、何を考えているか全く読めない。感情さえも。
メイドの仕事をしている為、高校へは行っていない。だが義母さんと一緒に海外に滞在中に飛び級で大学まで卒業している天才らしい。
本人が天才と言っていたわけではないが飛び級で大学卒業とか……それは天才の部類だろう。
メイドの仕事も完璧にこなしている。
なんだ、やっぱり最高の環境じゃないかと思った人もいるんじゃないかと思う。だが、それは間違いだ。
何が問題なのかと言うと……それは彼女の性格にあった。
第一に、俺と彼女は主人とメイドという立場なわけだ。だけどアリサさんは俺を敬うどころか見下し、馬鹿にしている節がある。
例えば……あれはまだ学校が始まったばかりの頃だ。俺は自分の部屋で課題をやっていた。そのとき、どうしても分からない問題があった。どれだけ考えても一向に解ける気配は無かった。
誰かに聞こうにも、まだ誰とも電話番号もメールアドレスも交換してなかったから聞けない。
…………べ、べつに友達がいないわけじゃないぞ!? ただ、学校始まったばかりだし、まだ、そう、まだなんだ! まだいないだけなんだ!
だから、俺はアリサさんに教えてもらおうと思ったんだ。
部屋を出て、キッチンで夕飯の支度をしていたアリサさんに分からない問題を見せる。
「…………ふっ」
鼻で笑われた――――っ!?
笑われたといっても表情は変わってない。
が、なんか逆にそれが傷つく。
「あ、あの……アリサさん?」
なんで笑われたんだ? そう思いながら声をかける。
「これが、わからないんですか?」
「は、はい。なので教えてもらえると助かるんですけど」
「…………」
課題の問題と俺を今後に見るアリサさん。
そして、溜息をひとつ吐き、
「これ、中学生でも解ける問題ですよ?」
「かはっ!?」
その言葉が鋭く胸に突き刺さる。
分かってた……分かってたさ! 授業なんてまだロクに始まってないし、そんな中で出される課題なんて大半が中学の復習だってことは分かってた。
でも……それを実際指摘されるとツライ。
「樹様は高校生ですよね」
「は、はいぃ」
「ちゃんと入試に合格して入学されたわけですよね?」
「そ、そうです」
「で、こちらの問題は中学生レベルなわけですが……」
右手の上に広げた問題を左手で叩くアリサさん。
「す、すいません。正直勉強サボってました。入試もギリギリでしたぁ!!」
俺は謝った。
なぜか、謝らなければいけない雰囲気だったわけで……。
「はぁ……仕方ないですね」
と、アリサさんは再び溜息。
「え……教えてくれるんですか?」
「ええ、勿論です。中学生にも劣る愚主人様を一人前に教育するのもメイドである私の勤めです」
「ぐ、愚主人……?」
中学生にも劣るって……果てしなく馬鹿にしてないですか?
確かに中学生レベルの問題で躓いてますけども。
「まあ、見た目は中学生みたいですけれど」
カチーンときた。
その言葉……それだけは許せない。
「そ、そそそれは……俺がチビだとでも?」
言葉が震える。
「ええ、まあ。それに顔も」
「童顔だとでもっ!?」
「はい」
ハッキリと返事をするアリサさん。
「ふおおおおお。ふおおおおおお!」
「樹様?」
昔からそうだ。
中学時代は小学生のようだと言われ。近所のおばさんには「いっくん(樹)はいつ見ても小っちゃくて可愛いわねぇ」とか言われ!
俺にとって『小さい』とか……それ関係は禁句なのだ。
「お、俺だって、俺だってこれからだし! これから大きくなるんだし! 将来は一八〇センチになってジーンズにシャツだけってのが似合う男になるんだし!」
ダンダン床を踏み鳴らす俺。
「樹様、理想を高く持つのは立派ですが、それはあまりに無謀です」
「む、無謀じゃない! 無謀じゃないよ!」
なんてことを言うんだこの人は。
「樹様」
「うるさいうるさいうるさーい!!」
「落ち着いてください」
「うる――ばふぅっ!?」
頬に衝撃。
「落ち着きましたか?」
何事も無かったかのように無表情に尋ねてくるアリサさん。
「い、今……今、ばちこーんて」
頬を押さえてアリサさんを見つめる。
「はい。うるさかったので殴りました」
「な、殴った!? メイドなのに!?」
「愛のムチです」
「愛!? いやいや、愛はない……愛はなかったよ」
「そうですね。愛はなかったです」
「えぇっ!?」
それは愛のムチじゃないですよね。
と、まあそんな感じだ。
どうだ? 馬鹿にされているだろう?
メイドは主人に仕えるもの。
だけど、この家に於いてメイドは主人より立場が上のようだ。
そして、この関係は一ヶ月経った今でも続いている。
それは俺の精神が耐えられない状況になるのには十分な時間だ。
だから俺は考えたんだ。
この生活を終わらせる為の手段を……。
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