第3話

 戦うには相手のことを知らなければいけない。

 よく知らない相手に勝つことは難しいからだ。その相手がウチで働いているアリサさんなら尚更だ。

 戦う……と言っても、言葉通りの意味で殴りあったりするわけでは勿論ない。俺は男でアリサさんは女だしね。

 俺はアリサさんとの生活が無理だと思っている。つまり、この場合の闘いとは、この生活を終わらせること。

 なんだけど……どうすればいいのか、思いついた選択肢はところ四つあった。

 一つ目は、強引に追い出す。

 二つ目は、嫌がらせとか迷惑かけるとかしてアリサさんに自分の意思で出て行ってもらう。

 三つ目は俺が出て行く。

 四つ目は……このまま。このまま我慢して卒業まで過ごす。

 とりあえずこんなところだ。

 まず四つ目の手段は有り得ない。有り得ないからこんなことを考えているんだ。

 三つ目……これは最後の手段だろう。それに出て行くって言ったって、その先、生きていく手段が俺にはない。

 だから今、考えられるのは一つ目か二つ目。追い出すか、出て行ってもらうか、だ。違いは無いように思えるかもしれないが、これが全然違う。

 ニュアンスで分かってもらえないかなぁニュアンスで。 

 追い出すってのは「一緒に住めない、無理」とか「出て行け」とかアリサさんに直接言って家から追い出す……みたいな? でも俺にそんなこと言う勇気もなく……そもそも追い出すとか出来る気がしない。

 てことは最初から俺が選べる選択肢は一つしかなかったわけで。


 アリサさんに自分の意思で出て行ってもらう。それしかない。

 その為に相手を知ることが必要だと考えた俺は、今日一日アリサさんの行動を観察することにした。


 俺はアリサさんの用意してくれた朝食を食べながら考えていた。

 アリサさんを観察してみる。

 観察って言ってもな……今は庭で洗濯物を干していた。

 いつも通りの光景だ。

 そもそもの話、この人は俺の前で弱みを見せるような人じゃないよな。

 それなら……

「アリサさん。あのさ……」

 朝食を食べ終えた俺はアリサさんに話しかけた。

「何でしょう?」

「俺、今日出掛けるから」

「…………」

 俺がそう言うと、アリサさんは無言で俺を見つめていた。  

「樹様…………」

「え、なに?」

 真剣な表情で名前を呼ばれ、少し緊張してしまった。

「ご友人が…………いらっしゃったのですか?」

 えぇ――――――っ!?

 そこ!? そこに引っかかってたのっ!?

「そ、それは……あまりにも失礼な言葉じゃないっすかね」

「では、いらっしゃると?」

「…………いないけど」

「なんですか? 聞こえませんが」

「いないよ! 友達……なんて」

 うっ……涙が出てきた。

 なんだろう……この悲しい気持ち。

「まぁ、それは知っています」

「じゃあ執拗に聞くのやめて!?」

「それで……お一人でどちらに行かれるのでしょうか?」

 き、聞いてねぇ……しかも『お一人』って強調して言いやがった。

「う、うぅ……どこでもいいだろっ!? うわぁ――――ん!!」

 俺は悲しい気持ち全開で家を飛び出した。

 泣いてない……泣いてなんかないからなっ!

 

「く、くっくっく……必ず、必ず弱みを握ってやる!」

 家の傍の電柱に隠れ、家の中の様子を窺う。

 今日はこうして一日、アリサさんの行動を監視……もとい観察して弱点的な何かを見つけてやろうと思っている訳だ。

 アリサさんは掃除機を引きずって家中を移動している。

「洗濯の次は……掃除か」

 テキパキと家事をこなしていくアリサさん。

 当たり前だけど、俺がいないところでちゃんと色んなことをしてくれてたんだな……。

 これを見ただけで有能な人だと分かるけど……この人に弱点なんてあるのかな?

「一日中仕事してるなんて有り得ないし……家事が終わってからが勝負だな」

 家事が終わって俺も居ない、家に一人きりとなればアリサさんだって気がゆるむはずだ。気がゆるめば何かが起こる可能性もある。

 それを見逃さないようにしないとな。

「うぉっ!?」

 慌てて電柱に顔を隠す。

 アリサさんが此方を見たからだ。

 ……勘も良いらしい。

 これは、俺も気合入れないとな。バレたら最悪だ。

 きっとバレたら、またひどいこと言われるんだろうなぁ。

 なんであの人はああも口が悪いんだろう……それさえなきゃ仕事の出来る良いメイドさんだと思うんだけど。

 こっちを見てないことを祈りつつ、そぉ〜っと電柱から顔を出す。

 幸いアリサさんは此方を見ていなかった。

 アリサさんは自分の部屋の方へと移動していくところだった。

 さすがに有能で、仕事はもう終わってしまったようだ。

 そしてアリサさんは、おそらく自分の部屋へ行ったのだろう。


 俺の部屋は二階、アリサさんの部屋は一階にある。が、アリサさんの部屋はカーテンが閉まっていて外からは中の様子を窺えない。

 俺はアリサさんの部屋がどんな風なのか全く知らない。一度見てみようかと思ったこともあるけど……アリサさんに「別に見ても構いませんが、その後どうなっても知りませんけど宜しいですか?」と言われ、怖くて確認できずにいる。

 アリサさんの部屋ってどんなのだろう?

「……もしかして凄く女の子らしいとか。逆にだらしないとか?」

 考えたが……どちらも違う気がする。

 一度見てみたいよな。でもアリサさんのことだ、ドアノブに触れた瞬間『ビリビリッ!』ってなったり……普通にありそうだ。

「…………動きがなくなったな」

 部屋の中の状況が分からない。確認する術もない。

 用意しておいた双眼鏡でアリサさんの部屋の窓を覗くが、カーテンの隙間は一ミリたりともない。完璧だった。

「何とか部屋を覗く手はないもんか……」

 動きもなく、暇すぎて、段々考えることが犯罪の域に達してきた気がする。ストーカーの心境かもしれない。

 その後、昼過ぎまでこう着状態。

 やっと出てきたアリサさんは昼食を食べている。

 一人だし、だらしなく適当な食事かも、と思っていたものの見事に裏切られ、しっかりと調理したものを用意していた。


 下手したら部屋を覗かない限り一人の状態でも隙は見せないかもしれないな。

 俺も買ってあったアンパンをかじる。

 勿論飲み物は牛乳だ。張り込みには欠かせないだろ、この組み合わせは。

「おっ、やっと動くか」

 昼食を済ませたアリサさんが立ち上がり、家から出てきた。 

 俺は残りのアンパンを口に押し込み、牛乳で流し込む。

 さあ、追跡開始だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る