第4話
家を出たアリサさんがやってきたのは近くの大手スーパー……を通り越し、さらに十分ほど歩いた所にある商店街だった。
この商店街は八百屋、肉屋、魚屋などの食材屋から本屋、おもちゃ屋、雑貨屋、服屋、ゲームセンターなどまで幅広いお店が立ち並んでいる。
アリサさんがわざわざここまで来たということは、スーパーよりも安く食材などを仕入れられるのかもしれない。
「なんだなんだっ!?」
「ども、すいません」
「何よ、アンタ?」
「ホント申し訳ないっす」
この商店街、隠れる場所が限りなく少ない。なのでバレないようにアリサさんの後をつけるには、どうしても立ち並ぶ店の中にお邪魔しなければ苦しい。勿論、見失わないように入り口付近に隠れてアリサさんを見ていなければならない。そんな俺は店の人には迷惑且つ限りなく怪しく映っていることだろう。
通報とか……されないよな?
ちょっと心配になってきた。
怪訝な視線をくれる店員さんに愛想笑いを見せる。その間にアリサさんは八百屋の品を手にとって確認し始めた。
遠目からだとよく確認できないが……おそらくキャベツ、らしきものを持って店のおじさんと親しげに話すアリサさん。
「……なに、あの笑顔」
そんなアリサさんを見た俺の感想はその一言だった。
愛想が凄く良い。
ものすっっっごく良い笑顔が顔面に張り付いている。いつもはほとんど表情の変化は見せないが、元々が美人のアリサさんである。そんな笑顔をしたら話している八百屋のおじさんなんかデレッデレになってしまっている。
だけど俺には分かる。あの笑顔が紛い物だということが。
というか、あんな顔が出来るなら普段から俺の前でもそうしてて欲しい。そう思って、その様を想像してみる。
…………。
「…………ずっ……」
鼻を啜る。
泣いてない! あの笑顔で、いつものような主を主とも思っていないような罵倒を浴びせられる様を想像して、ちょっとだけ傷ついてしまっただけだ。
自分の想像力の豊かさがこれほどまで憎らしいと思ったことは、かつてない。
いくつかの野菜を買うアリサさん。店のおじさんがアリサさんに渡した袋に商品棚から別の野菜を追加する。
「なるほど。このための笑顔か」
所謂おまけってやつだ。
品物を受け取ったアリサさんは会計を済ませ、別の店に移動する。
会話も聞いてみたいな。
危険だけど、もっと近づくか。
俺は細心の注意を払いアリサさんとの距離を少しずつ縮めていく。
次にアリサさんが立ち止まったのは魚屋の前。
「お、アリサちゃん。今日も綺麗だね〜!」
すぐさま店主らしきオッサンが声をかける。
よし、ここならバッチリ会話も聞き取れるぞ。俺は物陰に隠れ、二人のやりとりを観察する。
「ありがとうございます。今日は何かありますか?」
笑顔で答えるアリサさん。
「今日は良いイサキが入ったんだよ! 大物。新鮮だよ!」
言って持ち上げる魚屋さん。
確かに大物だ。多分四〇センチを超えている。
「イサキ……ですか」
「おうよ! 白子も最高に美味いぞ!」
「そうですね。じゃあそれを貰えますか?」
「毎度! おっちゃん、アリサちゃんのファンだから新鮮なイカもおまけしちゃうよ!」
「ありがとうございます。おすすめされる物はいつも美味しいですよ」
「いやぁ〜……嬉しいね〜」
照れる魚屋から商品を受け取るアリサさん。
…………。
………………誰、あれ?
ほんとにアリサさん?
てか魚屋さん、商品褒められただけで喜びすぎじゃない?
というか、普段とは性格の違いすぎるアリサさんに愕然とする。性格が違うというか、これはもう別の人間と言っても差し支えないと思う。
寧ろこっちが本来の性格であればどれほど良いか……。
俺の前では仕事だし厳しくしようとするあまりあんな態度に……ないないない。うん、それはない。
そんな事を思って全力で首を振った。
その間に、アリサさんは買い物を終えていた。
家に帰るために引き返してくる。
ヤバイ……隠れなきゃっ!
俺は一番近くにあった店の中に入った。
「うげ…………っ!」
キラキラと眩い照明に彩られた店内。ごちゃごちゃと乱雑に並べられた商品。壁にも大量の商品が掛けられている。
ハッキリ言って、普通に生活していたらまず見ることがない物ばかりだ。特に高校生である俺には。
つまりここは……大人のおもちゃとかが売ってる店なのである。
俺でも知っているような物から、何に使うのか全く分からないものまである。
そういう店だと完全に理解すると……そんな場所にいる自分が恥ずかしくなってくる。
「うわぁ…………!」
慌てて店の外に出る。
多分、今俺の顔は滅茶苦茶赤くなってるんじゃないだろうか。
「あっ……」
外に出た俺の目の前に……アリサさんがいた。
丁度通りかかったタイミングで出てきてしまったらしい。
「…………」
俺と、俺の後ろにある店を交互に見るアリサさん。
「……樹様」
先ほどまでの笑顔はどこへやら。いつも通りの無表情。
最悪だ。最悪のタイミングでバレてしまった。
アリサさんの突き刺すような冷ややかな視線が俺を貫く。
「そういったものに興味があるのは分かりますが――」
「うわぁ〜ん! 何も言うなぁぁぁぁっ!!」
俺は全速力でその場から走り去った。
アリサさんは、きっと俺が自分からあの店に入ったと思ってる。しかも、あの店がどういった物を売っているかも絶対に理解している。
当分、アリサさんの目をまともに見れる気がしない。
……恥ずかしくて。
「うぅ……もうこうなったら」
絶対に出て行ってもらうしか俺の生きる道はない!
だって恥ずかしいから! 気まずいからっ!!
アリサさんを追い出す、もとい出て行ってもらう。この作戦を成功させることを、俺は全速力で走りながら今まで以上に強く誓った。
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