第10話

 七月も中旬に差し掛かり、もう少しで夏休みという時期。

 俺とアリサさんの関係は――――


「あ〜、あっつい。でも、もうすぐ夏休みだぁ〜」

「楽しみ……なんですか?」  

 朝――登校前、横目に占いなんかを見つつ何気なく呟いた言葉にアリサさんが反応する。

 なぜかアリサさんは不思議そうな顔をしていた。

「え……うん。そりゃあ楽しみだけど?」

 夏休みなんて、学生にとっては最大の楽しみの一つだろう。

「……そうですか」

「なんでそこで不思議なものを見る目で見るの?」

「いえ……楽しみならばそれで良いです」

「なに? 気になるから!」

 なんなんだよ、いったい。

「言っても……宜しいのですか?」

 無表情に言うアリサさん。

「……う……っ!」

 気になるけど、なんか聞くの怖いな……。

「きっと遊びに誘われることもないまま、一日中家に引き篭もった生活を送ることになるだろう友達のいない樹様でも、やはり夏休みは楽しみなものなのですか?」

 グッサリきた――っ!!

 う、うぐぐ……確かに夏休みの迫ったこの時期に全く誘われたりしてないけど……。

「お、俺にだって……予定ぐらい……」

「ないですよね。全く」

「は、はい。ありません」

「それでこそ樹様です」

 そう言って凄く良い笑顔を見せるアリサさん。 

 いつも無表情な癖にこんな時だけ……。

 腹が立つことにその笑顔はとても魅力的なものだった。


 ――と、まあ、俺とアリサさんの関係は相変わらずだった。

 というか、日が経つにつれ精神的に積み重なっていくからツライ。

 これで夏休みは一日中アリサさんのいる家で過ごすなんて……そう考えると夏休みも待ち遠しくなくなってくる。

「…………はぁ〜」

 教室の自分の席に座ると同時に溜息を吐く。

 周りを見ると、皆それぞれ仲良しグループで集まって夏休みの予定なんかを相談している。

 夏休みはずっと部活だ、と嘆いていたり、雑誌を片手に買い物の相談をしたり。

 男女数名の仲良しグループに至っては泊まりで海に行こうなんて相談している。

 ……俺も是非混ぜてもらいたいものだ。

 まぁ、無理なんだけどさ……あのグループって挨拶もしたことない奴らが大半だし。つーか、あの中の女子で話したことあるのって一人もいないし。

 てか、ちょっとギャルっぽくて怖いし。

 そもそもクラスの中でも話したことのある女子っていないし。

 やめよう……考えると虚しくなる。

「うおぉ〜セーフだぜ!!」

 始業のチャイムが鳴るギリギリの時間。朝からやたらと元気な声を出して今岡が教室に入ってきた。

 その大声にクラスの誰もたいした反応を示さなかった。

 入学から夏休み直前までのこの期間で今岡はお調子者の馬鹿野郎のポジションを確立、その座を不動のものとしていた。

 つまり、大声を出すぐらいじゃ誰も反応しない。もしくは『ああ、また馬鹿が騒いでる』ぐらいの反応しかない。

 それでも男女どちらからもそれなりの人気者ではある。

「おいっす春田!」

「おはよう、相変わらず暑苦しいな」

 声をかけ肩を組んでくる今岡。

 この暑いのにこんなことをされると本当に暑苦しい。

 男女問わず人気のある今岡の、今のところ一番の友達と言えるのは多分俺だった。

 アリサさんのこともあるし、あの初めての食事会のあとから今岡はよく俺に話しかけてくるようになった。

 最初はアリサさん目当てなのが見え見えだったしウザッたいことこの上なかったが、今ではまぁ、友達と呼んでもいいかと思えるようになった。

「なっなっ、今日行ってもいいか!?」

「別にいいけど」

「おっし! これで今日一日ツマラナイ授業も乗り切れるぜ!」

 何を言っているかといえば、今日俺の家に飯を食いに来たいってことだ。

 あの食事会のあと、アリサさんの言葉通りちょくちょく家に遊びに来てはそのままご飯を食べていく今岡。少なくても必ず週に一回はそんな日がある。

 結局アリサさんは今岡のこと、苦手でも何でもなかったしな。

 でも今岡がいる間は俺への毒舌がなくなるから……それは本当に助かっていると言える。

 俺は自分の席へ向かっていく今岡を見送り、最後にもう一度旅行の計画を立てている連中をチラリと見てから授業の準備を始めた。

 

「ただいま」

 一日授業を受け、帰りに今岡とちょっと寄り道して遊んで、帰ってきたのは夕飯には良い時間だった。

「おかえりなさいませ、樹様」

「おっじゃまっしま〜す!」

「今岡さん、いらっしゃいませ」

 始めの頃はアリサさんとの会話に緊張していた今岡。だが、何度も来るうちにそんなものはどこへやら。今では俺と接する態度とどこも変わらなかった。

「というわけでアリサさん。今日はご飯一人分増えるから」

 俺がアリサさんにそう告げると、

「はい。そうだろうと思いまして、今日は多めに作っています」

 家に入った瞬間に良い匂いがしたし、もう夕飯を作り始めているのは思っていた。その上で、さらに一人分追加して欲しいとお願いしたのだけど、アリサさんは今日、今岡が来ることを予想していたみたいだ。

 ……この人、マジで何者?

 普通こんなこと予測できねぇよ。

「もうすぐ支度も終わりますので、それまでお待ちください」

「は〜い! それじゃコイツの部屋で待ってますね!」

 言って、今岡は俺の頭をグシグシ撫で回してきた。

 俺はその手を乱暴に払いのけ、

「なんだ? ちっちゃいって馬鹿にしてるのか?」

「いや、丁度良い位置に頭があったから」

 今岡は平均よりやや大きいぐらいの身長だ。

 それでも俺を見下ろすぐらいの身長差はある。

「やっぱ馬鹿にしてんだろ!?」

 絶対に俺をチビだと思っての行動だったはずだ。

「はいはい。いーから部屋行こうぜ」

「おい! まだ話は終わって――ちょっ、待てよ!」

 俺をおいて、俺の部屋へ向かう今岡を追いかけた。  


 夕飯も終わり、今岡が帰って、俺は風呂上がりに牛乳を飲む。

 牛乳は毎日朝と夜に一杯ずつは飲むようにしている。勿論、身長を伸ばす為だ。

「…………ん?」

 コップを片付け部屋へ戻ろうとリビングを出たところでアリサさんの部屋から光が漏れていることに気がついた。

 扉を閉めていれば光がもれることはない。

 それはつまり、アリサさんの部屋の扉が開いているということだ。

「………………」

 アリサさんはいつも俺の後に風呂に入る。

 ということは、そのときに閉め忘れた……?

「………………」

 それって……今なら覗けるということか?

 前に弱点を探ろうとしたとき、罠を張ってまで阻止しようとしたアリサさん。

 それってやっぱり見られたくないものがあるってことだよ……な?

「よし……見よう」

 俺は小声で呟いてアリサさんの部屋に近づいていった。

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