第35話

 アリサさんと二人っきりでの京都旅行。

 アリサさんと出会ってから今までで見たこともないアリサさんの言動を前に俺はドキドキさせられっぱなしだった。

 ……色んな意味で。

 

 あれからまた少し季節は進んで……冬休みも間近に迫り、めっきり寒くなってきた。


 冬休みまで後残すところ一週間。

 

 そんな休日。


 掃除をする、と自室を追いやられた俺はリビングでこたつに入ってテレビを見ていた。

 アリサさんに自分の部屋を掃除される……最初は嫌だったけど、最近はもう慣れてしまった。

 むしろいつも綺麗にしてくれてありがとうございます、という気持ちだ。

 ただ男子高校生的に多くの人が隠し持っているだろうアレコレは勿論入手することは可能だが、後のことを考えると手に入れるべきじゃないだろう。

 アリサさんを相手に隠し通すことなんて絶対に無理だとわかってる。


 べ、別に手に入れたいなんて思ってないから。

 

 てか、わざわざバレるような物を入手するよりスマホで何でも出来るし。


 …………それすらも見透かされてるんじゃないかとも思うけど。


 ま、まぁ、気にしすぎてもしょうがない。


 そんなわけで見られちゃ困る物なんて何も所持していない俺はアリサさんが掃除を終えるのを穏やかな気持ちで待つことが出来るわけだ。

 どこのテレビ局もクリスマス特集とかおすすめのデートスポットだとか俺には何の関係もないだろう特集をクソツマンネェと思いながらも眺めていた。

 穏やか……な気持ちで。


「樹様は今日もお一人で寂しくお過ごすおつもりですか?」


 そんな俺の背後から冷淡な声が聞こえてきた。

 穏やかな気持ちを一瞬でぶち壊す冷酷で刺々しく殺傷力の高い言葉が投げかけられた。


「す、好きで一人で……いるんだし」


 振り返るとそこにいるのは当然アリサさん。

 ロングスカートのクラシックなメイド服を完璧に着こなし、誰もが振り返るような美貌を持つ完璧な女性。


 そんな彼女が冷ややかな視線を主である俺に向けていた。


「そうですね。そう思うことで心の平穏を保ち、自分が友達のいないボッチ野郎であることを受け入れず――」

「もうやめてっ!?」


 どんだけ人の心えぐってくるの!?


「さらに、普段から……友達ができないんじゃなくてつくらないだけだし、などと供述しており――」


 犯罪者!?

 ボッチは犯罪なのですか!?


「でも大丈夫です」


 アリサさんの言葉という核爆弾に打ちのめされていると、それを打ち込んだ張本人のアリサさんが俺の手を自身の両手で包み込み、胸の前まで持ってくる。


「私だけはずっとお友達ですよ」


 と、微笑んだ。


 ――これだ。


 あの旅行以来、この手のからかいが圧倒的に増えたのだった。


 からかわれてるってのは理解している。

 でも圧倒的美少女のアリサさんにこんなことをされると、からかいとわかっていても顔が熱くなるのを感じる。

 それは顔だけじゃなくて、だんだんと全身にまわってくる。


 手もじっとりと汗ばんできた。


「そ、そういうのいいから!」


 緊張が伝わるのが嫌でアリサさんの手を振りほどき、身体を離して距離をとった。

 こたつに入ったままだったので少しだけだったけど。


 最近、この手のからかいを受けたとき、恥ずかしくて家を飛び出してしまうことがおおいんだけど……今日は逃げ出さないつもりだ。

 たまにはやり返してやりたいのだ。


「ア、アリサさんこそ……友達いなくてぼっちなんじゃない?」


 手を放した瞬間に微笑みからいつもの無表情に戻っていたアリサさんに言う。

 ……声が若干震えてしまった。


「私は樹様のメイドなので」


 メイドなので!?

 ど、どういうこと?


「そ、それは……主人である俺がボッチ野郎だから、そのメイドである自分もボッチであることは当たり前ってこと!?」


 ひどすぎない?


「いえ……そういう訳では」


 俺の言葉にアリサさんが珍しく困った表情を浮かべた。


「私は樹様のメイドなので樹様のお世話が全てです、ということです」


 はいっ!?


「え……あの……えっと」


 なんかすっごい恥ずかしいんだけど!

 え、なに……俺の世話が全てって……。


「ですから他の事に構っている暇はございません」


 何の迷いもない声色でそう言い切るアリサさん。


「あ……そうですか……ありがとうございます」


 もうそれしか言えねえよ。

 てか、アリサさんにお世話されてるって改めて考えてみると滅茶苦茶恥ずかしいぞ!

 恥ずかしくてもアリサさんがいなきゃ生活出来ないけどな!


「というか樹様」

「な、なんでしょうか?」


 アリサさんは俺の名を呼び、悲しそうな顔をした。


「樹様にとって……私はただのメイドで、お友達にすら数えてくださらないのですね」

「ア、アリサさん!?」


 両手で顔を覆い泣き真似。

 ……十割、泣き真似だとはわかってはいても焦ってしまう。


「私はただのメイドですから……それでいいんです……ぐすっ」


 ぐすっ!?

 鼻をすするアリサさんに驚愕する。

 これが演技なら凄すぎる!

 マジで泣いてるようにしか見えないもん。


「あ、あの……アリサさんは俺にとって大切な人で……いないと困るっていうか」


 顔を上げないアリサさんに必死になって言葉を紡ぐ。


「アリサさんがいないと何にもできないし……あの、俺に出来る事なら何でもするんで泣き止んでください!」


 前から思ってたけど、俺は焦るとすぐに墓穴を掘ったり普段言わない恥ずかしいことも口に出してしまうようだ。


「…………何でもすると言いました?」


 アリサさんは顔を覆っていた両手を離し、俺の顔を見た。


「え……演技だと?」


 騙された!

 やっぱり演技だったのだった。

 俺を見るアリサさんはいつも通りの無表情、涙のあとなんてどこにも見当たらない。

 ……アリサさんの大女優並みの演技力に戦慄する俺だった。


「それではさっそく……今日のお買い物に付き合っていただけますか?」

「はあ……それぐらいなら別にいいけど」

「今日は荷物が多くなりそうだったので大変助かります」


 最初からアリサさんの手のひらの上で踊らされていた……ってことか。


「それでは樹様はどうせボッチで暇なご様子ですのでさっそく出かけましょう」

「一言多くないっ!?」


 辛辣なアリサさんにツッコミを入れつつ、先行して玄関に向かうアリサさんを追う。

 その背中は……若干上機嫌に見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る