第36話
その日、俺はかなり上機嫌で意気揚々と帰路についていた。
上機嫌な理由はいくつかある。
まず一つ目――今日は終業式だった、ということだ。
帰路についているってことは、その終業式も終わっていて完全に気分は冬休みなのだった。
やはり学生であれば誰だって長期休暇の前は心躍るものだろう。
……別に冬休みに誰かと遊ぶ予定があるわけじゃないけれど。
それでもやはり楽しみなものは楽しみなのだ。
長い休みという、ただそれだけで気分が良くなる。
それはボッチでも変わらない……ボッチじゃないけど。
そして上機嫌な理由二つ目。
俺としてはこちらの比重が高い。
その理由とは――成績が上がったことだ。
過去、試験対策で行ったアリサさんとの勉強会。
俺はアレを定期的に続けていたのだった。
まぁ、前みたいに試験が間近に迫った切羽詰まった状況ではないのでアリサさんも比較的優しく指導してくれた。
旅行後は……なんか旅行前よりアリサさんとの距離が物理的に縮まった気がして、勉強してるのにドキドキしてしまうことも多々あった。
それでも俺は誘惑にも負けずに頑張った。
今までの人生で一番勉強した期間だったと思う。
おそらく高校受験の時の何倍も。
そのお陰で直近の試験で過去最高の成績を叩き出した。
クラスの中でもなかなかの上位の位置につけたのだった。
そう、クラスの中で上位だ。
決して学年の上位では……ない。
さすがに短期間で学年上位は無理があった。
それでも一応上から三割の中に入れるレベルにはなったが、それでは上位とは呼べないだろう。
俺の中で上位ってのは上から一割ぐらいの感覚だ。
なんなら上から十人が上位と素直に呼べるレベルだと思う。
でも、過去最高の結果には違いない。
この事実をアリサさんに報告するために俺は家路を急いでいるのだった。
○ ○ ○
「アリサさん! これ見てよ!」
家に入るなりアリサさんを見つけた俺は成績表と試験結果をアリサさんに提示する。
「おかえりなさいませ、樹様」
アリサさんはそんな俺を見ても普段通りの対応だった。
「あの……これ……」
そんなアリサさんの反応を見て、俺は手に持った成績表を差し出しながら先程までのテンションが急激に下がっていくのを感じた。
「えっと……その……ただいま」
「はい、おかえりなさいませ」
「はい……あの……着替えてきます」
なんか嬉しくてテンション上がっていたのが急に恥ずかしくなってきたので、成績表をテーブルの上に置いて、逃げるように自室に向かった。
しばらく頭を冷やし、制服から私服に着替えてからリビングへ向かった。
そこには……部屋に逃げる前にテーブルに置いた成績表を見ているアリサさんがいた。
「――――あっ」
思わず声を上げる。
部屋で冷静になって考えたらあの程度の成績であれだけ喜んでいた俺は滑稽だっただろうかと思うようになった。
それを嬉しそうにアリサさんに報告しようとしていたなんて……。
確かに俺にとっては過去一で良い成績だったのは間違いない。
間違いないが……アリサさんにとってあの程度の成績鼻で笑う程度のものでしかないのではないか?
「あ、あの……アリサさん?」
出来れば見なかったことにして返していただけないでしょうか?
なんてことを切実に思うのだった。
「樹様」
成績表から顔を上げこちらを見つめてくる。
「あの……成績上がったんだけど……その……その程度で調子に乗ってすみませんでした」
俺はなぜか謝っていた。
「折角アリサさんに勉強見てもらったのに……この程度で」
アリサさんの仕事の時間を奪ってまで教えてもらったのに、やっぱりもっと良い成績取らないといけなかったんじゃないか、という気分になってきた。
別にアリサさんは何も言ってないのに……なぜかそんな卑屈な思考になってしまっていた。
そんな言い訳じみたことを言う俺にアリサさんは近づいてきた。
「樹様、素晴らしいです」
「…………ふぁ!?」
褒めて頭を撫でられてしまった。
「短期間でここまで成績を上げられるとは……これは教えた甲斐がありますね」
「あ、あの……この程度で……良かったの?」
「この程度と言われますが……今までの樹様なら絶対に成しえなかった成績ではないですか」
と、微笑んで見せる。
これは……本気で褒めてくれているみたいだ。
「確かにそうだけど」
「今日は頑張った樹様にご馳走を用意しましょうか」
自分の事のように嬉しそうにしてくれているアリサさんにこちらも嬉しいと同時にむず痒いというか何とも言えない気持ちになる。
――というか
「なんか子供扱いしてない!?」
頭撫でたりご褒美にご馳走とか……完全に子供扱いじゃないか!
俺がチビ――もとい、ほんの少し背が高くなくて、アリサさんの方が身長あるからって男子高校生の頭撫でるのは完全にそうとしか思えない。
「いえ……そういう訳ではないのですが」
アリサさんが困ったように言った。
「では、ご馳走もいらない、と」
「ビーフシチューでお願いします!」
反射的にそう言ってしまった。
「…………かしこまりました」
仕方ないじゃないか。
アリサさんの作る料理はなんだって美味しいが……俺の好物であるビーフシチューは他と一線を画すほどの絶品なんだから。
「………………フフッ」
そんな俺を微笑ましそうにアリサさんが見ていた。
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