第37話

 公園のベンチに缶コーヒー片手に佇む男子高校生二人。


「くそっ、忌々しいぜ……」


 そんな寂しい二人組みは俺と今岡だった。

 今岡が空き缶を握りつぶし、腕を組んで歩いていく恋人を見て恨めしそうに呟く。

 俺はそれを呆れながら横目で見つつ缶コーヒーに口をつけた。


 

 今日は十二月二十四日。

 つまりクリスマスイブだ。

 街はイルミネーションに彩られ、そこかしこからクリスマスソングが流れている。

 街を歩く恋人たちは仲睦まじいことこの上ない。ある者は腕を組み、またある者は手を握り(しかも大抵は指を絡ませるタイプ)、独り身の者たちに凄まじい敗北感を植えつけていた。

 今岡もそんな中の一人だ。

 俺はと言えば……恋人なんて出来るはずもなく、独りでいるのが当たり前だと思っていたので別に気落ちしてはいなかった。

 恋人じゃなくても親しい異性がいれば別だが、そんな異性もいないのにクリスマスとかで浮かれたり希望持ったりする人の心はよく分からない。

 そんな訳で俺は今日もいつもと変わらない一日を過ごすはずだったんだけど……。

「お前もそう思うだろ? 幸せなカップルは死ねってさ!」

「いや……思わないけど……」

 今岡に呼び出されたのが一時間前。それからずっとこんな愚痴を聞かされている。

 正直ウンザリだ。帰りたい。

「なんだよ……いい奴ぶりやがって」

「なんだよいい奴ぶってるって。普通に思ったまま口にしただけだっての」

「はいはいそーですね。ふん、アリサさんみたいな美人が身近にいる人間には俺のような負け犬の気持ちなんて分かりませんよね!」

 嫉妬が大きすぎて俺に当たり始める今岡……なんかもう、ほんと迷惑なやつだ。

「はぁ……もう帰っていいか?」

 付き合いきれんぞ、こんなの。溜息を吐いて半ば本気で言って腰を上げる。

「まあ待てって」

 立ち上がる前に肩に手を回されて再び座らされる。

「なんだよ……愚痴聞かされるだけなら帰りたいんだけど」

 半眼で今岡を睨みつける。

「友達甲斐のねえ奴だな」

「友達に理不尽に当たるなよ」

「うっ……まぁそれは悪かったよ。怒りのあまりつい、な」

 素直に謝る今岡。

「恋人を見るのが嫌なら家から出なきゃいいじゃん」

 それで怒りもしないはずだろ。

「バッカ! んなことしたら余計惨めだろうがっ!!」

 怒鳴るように今岡が叫ぶ。

 ……どうしろってんだよ。

「つーことで気晴らしにどっか遊びに行かねえ? なんならお前ん家でもいいけど」

 なんならって……そっちが本命だろ。

 アリサさんに会いたいってことか。

「だが断る」

「なんでだよ!?」

「だって今日アリサさん何か忙しそうにしてたし、お前の相手してくれないと思うぞ」   

「忙しそう?」

「うん。何してるかは知らないけど」

「まさか……彼氏とデートとか」

 今岡が真剣な顔でそんなことを呟いた。

「ないない」

 それは有り得ないって。

 あのアリサさんに彼氏とかいるわけない。

「信じて……いいんだな?」

 物凄い剣幕で掴みかかってくる今岡。

 顔近ぇ……。

「う、うん」

「信じるぞ?」

「ど、どうぞ?」

 いや、まぁ……うん。いないと思うのは事実だし。

 仮にいたとしても俺は知らないから嘘は言ってないってことでいいよな。

「んじゃお前ん家はやめて駅前行こうぜ」

「はぁ……分かった」

 付き合わなかったらまたうるさそうだし、暇なのは俺もだしな。

 そう思って頷いた。



「やっぱりクリスマスって感じだな」

 駅前に着いた俺はそう感想を漏らした。

 どこもかしこもクリスマスっぽい。

 それにやっぱり恋人同士って人たちが目立つ。

 そんな人たちを見るたびに聞こえる今岡の舌打ちにもここに来るまでに随分慣れてしまった。周りを注意深く見てみると、今岡の他にもそんな感じの男がちらほらと見受けられる。

「ほんと気分悪くなるよな」

 今岡は腹立たし気に言う。

 別に気分が悪くなるとかないから。

 ならこんな所に来るなよと思うが、口にしたらしたで何か言われそうなので黙っておく。

「ま、でも良いとこもあるよな」

「良いとこ?」

「ああ。だって露出の高いサンタ服着てケーキ売ってる娘とか沢山いるじゃん」

 言いながら近くにいたサンタ服の同年代っぽい少女の胸元を凝視する今岡。

「そうですか……てかそんなあからさまに胸を見るなよ」

「良いんだよ! 見せる為に着てるんだから」

「いや、見せる為じゃないと思うんだけど……」

「見せる為に決まってるだろ? そうじゃなきゃ何のために着てるって言うんだよ、あんな服をさ」

「普通にクリスマスだからだろ」

 何を当たり前の事を言ってんだよ。

「俺が言ってるのはそういうことじゃないんだよ」

「と、いうと?」

「クリスマスだからサンタ服は当然だとしても、あんな若くて可愛い娘に着せてるのはどうしてだ? それも露出度の高い物を」

「そりゃ集客力を期待して、だろ」

「そうだよっ! あの娘たちをエサにして男を集める為だ。それはつまり見せる為に着てるってことでいいはずだ!」

 拳を握り締め熱く語る変態。

「どうだ!? 俺は何か間違ったことを言ってるか!?」

「…………」

 俺は言い返せなかった。上手く反論の言葉が出てこなかったからだ。

 それに、確かに今岡の言うことも一理ある。

 あの服を見るに、明らかに彼女連れの男は買いにくいだろうことは想像できる。

 だとすればそのターゲットは誰になる?

 独り身で尚且つ女性に不自由してるタイプの男がメインターゲットだろう。見たところ恋人同士で買ってる人も中にはいるが、圧倒的に独りで買っていく男が多い。そうなれば今岡の言う見せる為というのも納得できてしまう。

「だとしても、あからさまに凝視するのはマナー違反だと思う」

 それでも俺はそんな風に注意はしてみることにした。

「全く、うるさいやつだ。まぁここは従っておいてやろう」

 ふてぶてしい態度でサンタ服の少女から視線を外す。

 ……なんでこんなに偉そうなんだ? まあいいけど。

「それで……これからどこに行くんだ?」

 女の子から視線を外した今岡に問いかける。

 ここまで来たのはいいが、何をするかも決まってない。

「そうだな……ゲーセンとか」

「クリスマスにゲーセンってどうなの」

「…………惨め、だな」

 だろうな。一人で家にいるより惨めっぽい気がするぞ。

「じゃあ、カラオケとかは?」

「男二人で?」

 それはもっとどうだろう。

 それに……カラオケなんて一人でしか言ったことないし他の人の前で歌うなんてとても出来ない。

「そうだな。ないな。んじゃ……どうしよう?」

「訊かれても」

 駅前まで来たはいいがすることがなかった。

「とりあえずブラブラして良さ気なとこあったら行くか」

「なんというデート」

「うるせっ!」

 そんな軽口を叩きながら駅前の探索が始まった。

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