第26話
……スパルタ。
…………マジ、スパルタ。
あの日……皆がウチにやってきたあの日、全く勉強することができなかった俺は、結局アリサさんに頼み込んだ。
教えてください、と。
あの日の俺に言ってやりたい……『やめておけ』と。
あれからテストまでの数日間、俺は寝る時間以外はほとんど勉強していたんじゃないかと思う。
アリサさんが付きっ切りで……。
ぶっ続けで勉強しても疲れるだけで頭に入らないってことで適度な休憩とアリサさんお手製のお菓子なんか食べつつ頑張った。
ほんとにもう、今までで一番頑張った。
スパルタではあったけど、アリサさんの教え方は上手かった。
教師よりわかりやすいんじゃないかと思う。
しかも、俺のレベルにしっかり合わせた教え方をしてくれた。
まぁ、大変だったけど、そのおかげでテストは無事乗り切った。
今までで一番良い成績で。
「よう、今岡……死んでるな」
テストが却ってきてからずっと、机に突っ伏して動かない今岡に声をかける。
「春田、か。何か用か?」
「別に用とかじゃないけど……テスト悪かったのか?」
それ以外にないだろうけど、一応訊いておく。
「悪かった。それはもう……悪かった」
そんなにか。
突っ伏したまま落ち込んだ声を出す今岡をどう慰めていいのやら。
「ちなみに……どのぐらい?」
「赤点」
「どの教科?」
「全部」
「へぇ~全部か――って全部っ!?」
それは悪すぎるだろ!
「うん……全教科追試だって……」
「そ、そうか……」
かける言葉が見つからない。そりゃ項垂れるわ。
「お前はいいよな。アリサさんに教わってたんだろ? ずっと、二人っきりで! 密室で!」
ガバァッと顔を上げると血走った眼で睨んでくる。
「いや、まあ、そうだけど……」
密室て……密室ではないな。同じ家に二人きりではあったけど。
面倒だから訂正はしなくていいか。
それに、多分今岡が考えてることって実際とはかけ離れたイメージなんだろうな。
「ふん、お前みたいに恵まれた環境にいるやつは良いよな」
「恵まれてる……のか?」
俺が聞くと今岡は俺の胸倉を力一杯掴んできた。
「恵まれてるだろうがっ!!」
あまりの迫力に圧倒される。
「あんな広い家に最強に美人なメイドさんがいて様付けで呼ばれた挙げ句、密室に二人っきりになれる状況とかどんだけだよ!? 死ねばいいのに」
ひでぇっ! し、死ねばいいとか……思っても言っちゃ駄目だろ。それも本人にさ。
「そ、それは……なりたくてなったわけじゃ」
「はぁっ!? お前……なりたくてもなれねぇヤツのこと少しは考えてから物言えよ!」
「ご、ごめんなさい?」
な、なんで俺……怒られてるんだ?
思わず謝ってしまったじゃないか。
「たくよ……これだから世間知らずは」
ふんと鼻を鳴らす。何で俺が悪い感じになってるんだろう……勉強しなかった今岡が悪いのに。
「それじゃ、俺はこれで……」
もう付き合ってられん。
「――待て」
去ろうとしたところ、肩を捕まれたので振り返る。
「まだ何か?」
八つ当たりなら他を当たって欲しいのだが……。
「お前はアリサさんのお陰で追試はなかったんだよな?」
「うん、まあ」
それどころか人生最高得点でした。
「ならば話は分かるだろう?」
何一つ分かりません。
「何が?」
「だから! 勉強を教えてくださいお願いします!」
今岡は怒りながら頭を下げるという器用な真似をしたのだが、怒る理由が分からない。普通に頼めよ。
「そのぐらいなら、別にいいけど……」
「よっしゃ! じゃ、早速お前ん家行こうぜ!」
急に復活した今岡は自分の荷物を持って教室を出て行った。
「アリサさ~ん、ここが分からないんですけどぉ」
ウチに来るなり俺の部屋……ではなく、リビングのテーブルにノートや教科書を広げた今岡を訝しみつつも「まあ、いいか」とリビングで教える事にした。
だが、いざ始めてみると……今岡は俺ではなくアリサさんにしか質問しない。というか、俺の存在は今岡の目に入ってない。ここにいないものとして扱われていた。
「……この野郎……これが目的だったか」
傍から見ればアリサさんは快く丁寧に教えているように見えるが、実際はウザイと思っていることだろう。その証拠に……
「あ、なるほど~。さすがアリサさん! 分かりやすいですね!」
今岡の目がアリサさんから離れた途端、アリサさんは此方を見つめて親指を立てる。
そして――
「…………」
無言のまま、アリサさんには珍しく満面の笑みで『上』へ向け、クイッと動かす。
分かる。アリサさんが何を言いたいのか。
つまりアリサさんは『コイツを連れて部屋へ行け』と言いたいのだろう。
これは素直に言う事を聞いた方が良さそうだ。
俺の想像以上にウザイと思ってるかもしれん。
……それにここで我関せずを貫いたら後でどんな目に合わされるか分からない。
「い、今岡!」
「何だよ、今良いとこなんだよ!」
勉強に良いトコも何も……。
「それより俺の部屋行こう。ほら、アリサさんも夕食の準備とかあるしさ」
「やだよ。俺はアリサさんに教えてもらうんだ」
やっぱり今岡に動く気はないらしい。
……どうすりゃいいんだろう。
「そんなこと言わずにさ――」
「うるさいなぁ……行きたきゃ一人で行けよ」
お前、俺に勉強教えて欲しくて来たんじゃないのかよ……。例えアリサさんが目当てだとしてもその言い方はどうよ?
「…………嫌われるよ」
俺は最終手段でアリサさんを利用する事にした。今岡を連れて行けと言っているのはアリサさんだしそれくらい良いよな。
「なん、だと?」
今岡は戦慄して目を見開く。
「だから、嫌われるぞ?」
「な、なんでだよ!」
「しつこい男は嫌われる。それに……しつこいだけならまだしも、お前はアリサさんの仕事の邪魔までしている!」
「なっ!!」
「つまり……今岡。お前は嫌われるってことだ!」
俺は指を突きつけて言う。
……さすがにこんなので納得しないよな。
「さあ、春田君。アリサさんも忙しいんだ。早く君の部屋に行こうじゃないか」
簡単だった! なんとも簡単な男だった。
「そ、そうか」
「早くしろよ! 置いてくぞ」
俺が今岡の簡単っぷりに引き攣った顔をしている間に、今岡はさっさと一人で俺の部屋へ向かっていってしまった。
「はぁ~……これでよかった?」
俺は溜息を吐いて今岡が完全に居なくなった事を確認すると、アリサさんに問いかけた。
「はい。全く期待していませんでしたが樹様にしては上出来です」
いつもの無表情に戻ったアリサさん。
「それ、ひどくない? 俺、結構頑張ったよ?」
「そうですね。ではこうしましょう。今日の夕食は樹様の好きなものだけでご用意いたします」
「マジで!?」
「はい」
「おっしゃ! なら今岡の相手してくるよ!」
「頑張ってください」
「うん!」
俺は夕食を楽しみに今岡の相手を頑張ろうと思った。
「……簡単ですね。樹様も」
「何か言った?」
アリサさんが何か呟いた気がしたので、俺は上機嫌のまま尋ねた。
「いえ、何も」
「そう? んじゃ、美味しいのよろしく!」
言わなくても最高に美味しいものを作ってくれるだろうが、一応言っておいてから自分の部屋に向かって歩き出した。
自分の部屋に入った俺が見たものは、俺の布団に勝手に寝そべって週刊誌を広げる今岡だった。
「あ~、アリサさんいねぇとやる気しねぇ~」
完全にダレ切った様子で言う。
「お前……もう帰れよ」
俺は頭を抱え呟いた。
後日、追試を受けた今岡。
あの後、結局勉強に手をつけなかった今岡が自分の家に帰ってからするはずもなく……再び赤点を取り、補習が決まった。
再び俺に泣きついて家に来ようとしたのだが、俺は丁重にお断りしたのだった。
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