第32話
意識が徐々に戻ってくる……。
全身の感覚も意識と共に感じられるようになってきたようで、目を瞑っていても自分が横になっているのが理解できた。
ああ、そっか……俺、殴られて倒れたんだ。
たった一発殴られたぐらいで……自分の非力さが恨めしい。
ていうか、
「………………情けない」
と、心の底から呟いて目を開ける。
「あ、気付いた……大丈夫?」
目を開けた瞬間視界に入ったのは俺を心配そうな顔で覗き込むアリサさんだった。
「…………」
俺は状況が理解できずに固まった。
目の前に俺を覗き込むアリサさんがいて……俺は横になってて……後頭部にはなにやら柔らかいものがあって……俺からはアリサさんの上半身しか見えなくて……。
これはもしかして……あれか?
あの、その……なんていうか……膝枕をされてるのか?
まぁそれは良い……良くないけど、良い。考えると駄目だから考えないようにしよう。それよりも俺はアリサさんに言いたいことがあったのを思い出した。
「え~っと……とりあえず……もう少し早く助けてくれたら嬉しかったです」
そう。俺は意識を失う瞬間にアリサさんが助けに入ってくれる声を聞いたはずだ。
助けてくれるならもっと早く助けてくれればいいのに……そうすればこんな状況にはなっていなかったに違いない。
だが俺の質問にアリサさんは、
「なんのこと……かな?」
と首を傾げた。
これはまさか……なかったことにする気か!?
もしかするとアリサさんはキャラを続ける為に、俺が気絶するのを待ってから助けに入ったのか? そうではないはずだと信じたいが信じきることができない。
「助けてくれました……よね?」
ここで認めさせれば普段のアリサさんに戻ってくれると信じて俺は追及する。
「えっと……助けてくれたのは警備員さんで」
と言うアリサさん。
確かにそれは納得だ。警備員ならそれも仕事だもんね。でも俺はアリサさんが助けに入ってくれる声を聞いてるんだよね。そもそもあの店に警備員いましたっけ?
「な、なるほど」
そんな疑問を抱くも、とても口に出来る雰囲気じゃなかった。
何を言ってもアリサさんは認める気はなさそうだしね。
だってアリサさんは旅行中はこのキャラでいくと宣言したんだし。
「てか、そろそろ起きないと――痛っ!」
起き上がろうと頭を起こすが顎に激しい痛みを感じた。
「まだ寝てて」
そう言って再びアリサさんのお膝に寝かされる。
多少痛いのを我慢しても起き上がりたかった。
だって、考えないようにしてもどうしても後頭部の感覚に意識が行ってしまう。
なぜならば、アリサさんは今日もミニなスカートなのです。それ故に信じられないぐらいピッタリと足の感触が分かってしまうのです。
それは……女性どころか人に体制のない俺にとっては相当に破壊力抜群なのです。
やっぱり普段アリサさんをあまり女性と認識しないように出来ているのは、あの性格によるところが大きいようだ。今の状況で普段のアリサさんだったら、まぁドキドキするとは思うけど今ほどじゃないと思う。
それにしても女の人ってなんでこう柔らかいんだ。この時期にスカートなのにあったかいし……。なんか甘い良い匂いもする。普段アリサさんに近づいてもこんな匂いを感じたことはないし、何か香水でもつけてるのかもしれない。
やばい……考えがそっち方向にしかいかない。
別の事を考えて気を紛らわすんだ、俺!
…………。
そういえば、膝枕って名前の割には膝じゃないよね。太腿じゃん? 本当に膝枕だったら相当硬くて痛いんじゃないのかな。それをやるには枕になる方は足を伸ばせる状況じゃないといけないよな。じゃあこれは股枕になるのか? ……なんか卑猥な響きだな。
あれ!? 全然紛らわせてないぞ!? 微妙に考える対象は変わってるのか? いや、変わってないな。
ああ、もう。訳わかんねえ。
「殴られたの……ここ?」
アリサさんが俺の顎に触れる。ひんやりした手が心地よかった。
「……そうみたい」
俺はそう答える。
アリサさんの触れている場所が丁度殴られたところだったし、そう答えるほかない。
「ありがとう」
唐突にアリサさんにお礼を言われる。
「へ?」
訳が分からず間抜けな声を漏らしてしまう。
「あの……助けてくれて」
「あ、ああ……はい」
実際に助けられたのは俺ですが……。
まぁ、自分でもビックリしたよ。アリサさんと男達の間に割って入ったときは。それに、その後の自分の言葉にもね。
何が『アリサさんに触るな』だよ……アリサさんの彼氏だとでも気取ってたのかよ俺は。
やべっ、思い出すと超恥ずかしい。今すぐ顔を隠したい。
「ありがとう……嬉しかった」
「…………」
微笑むアリサさんに見惚れてしまった。
てか何ドキッとしてんだよ。
あれは演技! 演じてんの! そう自分に言い聞かす。
俺はアリサさんから急いで視線を逸らした。
照れてたってのもあるけど……。
顔が熱い。
アリサさんにバレてないといいな……照れてること。アリサさんの足に熱くなってるのが伝わってるとか嫌すぎるぞ。
それ以前に赤くなってないのを願うばかりだ。
そのまま少し時間が経って、ようやく顎の痛みも引いてきたので移動する事にした。
「今日は旅館帰ろっか?」
何気なく顎を擦っていると心配そうにアリサさん。
「あ~……そうですね。出来れば……」
まだ少し痛いし、何よりもう見て周るところがあんまりない。
……まだ明日もあるのにな。
てか俺……どれだけ気を失ってたんだろう。今更ながら気になって携帯を取り出し、時間を確認する。
……午後四時を回っていた。
「うそ……どんだけ寝てたんだよ……」
思わずそんな声を漏らしてしまう。
だって、確かあの店に行ったのは昼前だから……五時間近く寝てたことになる。
ってことは――
「あの……もしかしてずっと……」
「ん? 何?」
「ずっと枕になってくれてたんですか?」
「うん」
「ごめんなさいっ!」
俺は謝った。
だって……寒い中で五時間も膝枕させるとか有り得ないだろ。
いくらアリサさんだって相当辛かったはずだ。
さすがに罪悪感が芽生える。あの程度のことで五時間も気を失ってしまうとは本当に情けないね。
俺、ホント貧弱……強いつもりはなかったけどここまで弱いとは。
今まで鍛えたりとかしたことないし、身体動かすのも好きじゃないから当然と言えば当然なんだけどさ。
謝る俺にアリサさんは、
「え、なんで謝るの?」
と不思議そうに聴いてくる。
「だって、長いこと枕にしちゃったし……」
頭を下げたまま言う。
「だってそれは私がやりたくてやったんだよ? 助けてくれて嬉しかったし……だから、気にしないで」
アリサさんは俺の手を両手で包み込んで微笑んだ。
「あ、でも……」
顔を上げて、謝罪の言葉を続けようとしたのだが、
「ね?」
アリサさんに遮られる。
「…………はい」
俺はそれ以上何も言えなかった。
謝りたい気持ちはあるが、アリサさんがさせてくれない。
「うん。……それじゃ、帰ろう」
アリサさん手が俺の手から離てれいき――と思いきや、離したのは左手だけで、残った右手で俺の手を握ったまま歩き出した。
「え、ちょっ――あの?」
「どうかした?」
アリサさんが振り向く。
「あの……手」
俺は繋がれた手を見る。
前にもこんな状況はあったけどやっぱり恥ずかしい。
「いや?」
「別に……嫌ってわけじゃ……」
「ならこのまま帰ろっ」
そう言って笑うアリサさん。
「いや、でも……あの、恥ずかしいんですけど――」
「あ~……足痺れたなぁ」
なっ!?
ここでそれを言うか!?
「いいよね、このままで」
「……勿論です」
アリサさんのどことなく嬉しそうな笑顔にそれ以上拒むことは出来なかった。
このキャラのアリサさんって、手を繋ぐのが好きなのかもしれない。
俺は繋がれた手を見つめてそんなことを考えていた。
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