第31話
眠れない……と思っていても、さすがに徹夜と観光で動き回った身体は疲れているようで気が付けば朝だった。
それでも睡眠時間は少なめでまだまだ眠気が残っていた。
アリサさんも既に起きて、浴衣から私服へと着替え終えていた。
俺はアリサさんに薦められて、眠気を覚ますために朝風呂へと向かった。
朝から温泉って、こんな旅館に泊まったときの醍醐味だと思う。
湯に浸かっていると眠気も大分覚めてきた。
そういえば……と、ふと考える。
アリサさん、着替えてたけど……あれって俺の寝てる横で着替えたのか?
「そうだとしたら……寝てて良かったよな」
そうと決まったわけじゃないし、もしそうでも俺が起きてたとしたら別の場所で着替えただろうけど。
「ていうか……やっぱりメイド服じゃなかったな」
しみじみと呟く。
それはつまり、今日もあのキャラで過ごすということなわけだ。そうすると俺はまたドキドキしてしまうわけだ。
こればっかりは本当のアリサさんを知っていてもどうにもならない。
そう考えるといつものアリサさんはあんな感じで良いんじゃないかと思えてくる。だってあんな感じだからこそ普通に一緒の家で暮らせるのだから。
普段から今回のような可愛い性格だったら一緒に住むなんて俺的に不可能だ。
とりあえず……この旅行中だけだと割り切って何とか耐えよう。
シャワーを頭からかぶり、そう決めて、風呂を出た。
私服に着替え、髪を乾かして部屋に戻ると、布団は片付けられ、テーブルが元の位置に戻されていた。そして、そこには朝食が用意されている。
これぞ日本、という感じの朝食だ。
でもそれが良いんだよな。こんな旅館で朝から洋食が出てきたら違和感しかない。というか絶対文句言う。だからこれで良いんだ。
アリサさんと向かい合って座って食べる。
昨日は何を食べても味が分からなかったけど、今日は分かる。
それは今のアリサさんに慣れてきたってことかな……だとしたら良いことだ。これから先、何かあるたびにずっと緊張してたら身が持たないもんな。
焼き魚に味噌汁、そして米と漬物。これだけでも十分だが、他にも何皿か料理がある。
そのどれもこれもが強風の味付けで普段とは違うってことを実感させてくれる。
……まぁ、アリサさんがメイド服じゃない時点でいつもとは違うわけだけどね。
とりあえず今日はどこに行こっかな……俺は食べながらそんなことを考えていた。
「綺麗だね」
景色を見てアリサさんが言う。
俺は『アリサさんの方が何倍も綺麗だよ』……なんて言うこともなく普通に答えた。死んでもそんなことは言えない。特にアリサさんには絶対に言えない。
「一番良い時期ですからね」
敬語になってしまうのは仕方ないと思う。
今のアリサさんとフレンドリーに話すと普通に恋人みたいになってしまう。そんなのを人に見られると思うと恥ずかしくて死ねる。
それは置いておいて、俺達は紅葉を見つつ歩いていた。
正直、緊張と張り切りが混ざって行動的になってしまった俺はほとんどの名所を見て周ってしまっていたらしい。
だから地元の店の人とかに聞きつつ、細かい観光地を歩いて周っているのだった。
アリサさんと並んで歩いてると凄い違和感を感じる。
昨日は緊張で気付かなかったけど……何か物凄く注目されている気がするんだよ。アリサさんが人の目を惹くのかな……隣にいる俺は居心地が悪い。主に男からの視線で。
何て言うのかな……視線に殺気がこもってるんだよね。
うん。分かるよ。俺も男だからね。アリサさんのことを知らなくて、逆の立場だったら俺もきっとそんな目で見るから。
この視線から逃げ出したいけど観光地だしそれも難しい。
どこに行っても人だかり。
「……どうかした?」
そんなことを考えて俯き唸っていると、アリサさんが前かがみになって俺の顔を下から覗き込んできた。
アリサさんと俺の身長差から、アリサさんが結構な前かがみになっても相当顔が近い。
「い、いや……なんでも……」
後ろに跳び退って言う。
いきなりで心臓バクバクです。
というか、アリサさんの仕草は俺をドキドキさせる為に狙ってやってるとしか思えないんですが……。
そこから少し先、土産物屋のような店が集まっている一角に辿り着いた。
新撰組の羽織やら木刀やら男心をくすぐる品々が売られている。
どうして日本刀とか新撰組ってこう魅力的なんだろうね。
そんな商品を食い入るように見つめる俺とは対照的に、アリサさんは笑顔で俺の隣にいるもののあまり興味がないご様子だった。
わかんないかなぁ……この魅力。
女の子にはわかんないか……特殊な方々は新撰組とか別の意味で興味ありそうだけど。BLハァハァ的な意味で。
アリサさんは日本刀より暗器とか似合いそう……てか普通に取り出しそう。
沖田とか本当は不細工らしいけどね。似顔絵とか。斉藤も某ジ○ンプの『おろろ剣士』のイメージが強いけど実際ゴリラっぽいらしいしな。そういえば昔、竹中○人が斉藤役でドラマやってたらしいけど、それに近いイメージなんじゃないか?
……俺、何を語ってんだろう。声に出してたら絶対引かれるよ。
「ちょっと……トイレ行ってきます」
少し頭を冷やそうと思って、俺はアリサさんにそう告げ、足早にトイレに向かった。
トイレから出ると……のっぴきならない状況になっていたわけで……俺はどうしたらいいのか分からないわけであります。
簡単に説明します。
数メートル先にいるのは俺を待ってくれていたであろうアリサさん。そのアリサさんが……数人の男に囲まれていました。
説明終わり。
え、何、この状況……。
いや、多分恐らくきっとナンパってやつだろうとは思う。アリサさんを囲む男達はいかにもチャラい感じだし……。
「なぁ、いいだろ? 付き合ってよ」
「そうそう! 一人でいても退屈だろ? 俺らすっげー楽しませるよ」
聞こえてきた会話で確信した。
ナンパだ。しかもやっぱりすっげぇチャラい奴らだった。
てかアリサさんナンパするとか運が悪いな。アリサさんならあの程度の人数ならなんとでもなりそうな気がする。
ならば、俺はアリサさんが奴らを退けた頃合を見計らって出て行くべきだ。
そして俺はトイレに戻――
「あ、あの……一人じゃないので……」
――れなかった。
えぇーっ!? なにそれ!?
そんなのアリサさんじゃないよ! 今は俺そばにいないんだから普通にあしらってよ。
弱々しく男達に抵抗するアリサさんに心の中でツッコミを入れる。
「はははっ、どうせツマラねぇ男だろ? 俺達と一緒のほうがぜってぇいいって!」
馴れ馴れしくアリサさんの方に手を回す男。
てか会ったこともないのにツマらないヤツ呼ばわりかよ……。
「……つまらなくないです」
アリサさんはそう言って男の手を払いのける。
一応庇って……くれてるのか?
生憎、アリサさんを楽しませた記憶はございませんが……あ、俺がオロオロするのを楽しんでたとか?
「でも、彼女が他の男に声かけられてんのに助けにも来ない奴だろ? そんな奴ほっといて俺らと遊ぼうよ」
てかお前、本当にアリサさんの連れがここから離れてて気付いてない可能性は考えないのかよ……連れはここでバッチリ見守ってるけど。
「やめてください」
男達から離れるアリサさん。
「いいから。俺らと来いって」
強引な口調に変えた男は、アリサさんを捕まえるように手を伸ばした。
「いやっ……」
手をつかまれたアリサさんは嫌がった。
なんだ、これ……これって助けに入らなきゃいけない流れじゃね?
アリサさんもそんなか弱い女の子みたいな声出さないでそいつらぶっ飛ばしちゃえよ……てかあの男達、ナンパにしては強引過ぎだろ。
ていうか絶対やだよ。勝てないもん。あんな人数の前に出て行ってもさ。相手が一人でも危ういっつーの……。
「あん? なんだテメェ」
そうこう考えているうちに……俺はアリサさんの腕を掴む男の手を思い切り叩いて離していた。
「お、おおお、俺の連れに、な、何か用?」
やっべぇ……超怖ぇよ……。
男達は全員、勿論俺より背は高いし、俺喧嘩とかしたことないし。
声、メッチャ震えてるよ。
「あ? お前が連れなの?」
「そ、そうだけど?」
「あっそ。んじゃ彼女ちょっと借りっから」
そう言って俺の肩を掴んでどけようとする。
「ふざけんなよ! アリサさんに触るな」
俺は男の手を払い落として顔を睨みつけた。
あ~……マジで何言ってんだよ、俺。
「うるさいな。お前にはこんな可愛い娘、勿体無いっつーかつり合ってねえってわかんねぇの?」
んなこと分かってるっつーの! お前にいわれなくてもな!
「お前だってつり合ってないだろ! 鏡見たことあんのか? こんなとこでナンパするなら動物園にでも行けよ。彼女になってくれるやつが沢山いるぞ、このチンパンが!」
うわぁ……俺何でこんなに舌回るんだ? しかも考える前に口から出てきやがるよ。
「なんだとっ!? ぶっ飛ばされてぇのか!?」
「はぁ!? 力ずくで女の子攫おうっていうのか? この犯罪者が!」
「て、テメェ……マジぶっ飛ばす」
男が俺の胸倉を掴む。
俺は負けずに男を睨む。
「殴られたってアリサさんには触らせね――がっ!」
そう言ったところで頬に衝撃が走った。
男を睨んでいる間に横から殴られたらしい。
「しゃ、喋ってる途中で殴――」
あれ、意識が……たった一発殴られただけなのに……。
「うわ、こいつ弱っ!」
「ぎゃはははは。いいトコに決まったんじゃね?」
男達の声が遠くに聞こえる。
「んじゃ、もう一発やっとくか」
目の前に拳が迫ってくる。
だけど、避けたくても身体は動かなかった。
「んなっ!?」
俺を殴ろうとしていた男の驚いた声。
予想していた衝撃は襲ってこなかった。
そして――
「樹様を傷付ける者は許しません」
アリサさんの――
メイド服を着ているときの、それに怒りも合わさったようなアリサさんの力強い声を聞いて……俺は意識を手放した。
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