第30話
……アリサさんがヤバイ。
いや、俺に対しての態度だとか行動だとか、いつも結構ヤバいんだけど……今回はその『ヤバイ』のベクトルが全然違う。
アリサさんは美人だ。性格も本性も隠して顔だけ見せたら十人中八人はそう言うだろう。残りの二人は脳が腐ってるかロリコンなんじゃないかと思う。あ……あと、男にしか興味ないとか。
おっと、話が逸れたな。
それで何がヤバイかって言うと……そんな誰が見ても美少女であるアリサさんが可愛いのだ。
……あれ、言葉がおかしいぞ。
……こう言い直そう。
美少女であるアリサさんが、いつもとは違い性格まで可愛らしい、のである。
俺と「友達として過ごす」と宣言してからのアリサさんは、ホントに普通の女の子みたいで……演技だと分かっていてもヤバイ破壊力を持っているのだった。
旅行が終わるまでの間、ずっと俺の傍に居るというのなら……それはそれで当初とは違う意味で耐えられないかもしれない。
あれから数箇所観光した。
そろそろ旅館に戻るには良い時間になってきたし、土産物屋的な所で少し休憩してから帰ろうということになった。
店の中は結構広く、土産物屋と軽く飲食できる茶屋的な店が一緒になっている造りだった。
そこで時期的にどうかとも思ったが、珍しさから『もみじソフト』というアイスを買って椅子に座った。アリサさんは同じくアイスで『豆腐ソフト』を買っていた。
もみじソフト……完全に興味だけで買ってみたが、それほど不味くはない。美味い! って程でもないけど……。もみじの天ぷらも添えてあるんだけど、これって見た目はホントにただの紅葉の葉だし、食欲はそそられない。
アリサさんの豆腐ソフトはどうだろう……もみじソフトより美味しそうだと思うんだけど……気乗りはしないけど訊いてみるか。
「アリサさん。その豆腐ソフトって美味しい?」
「ん、美味しいよ。食べてみる?」
と、プラスチックのスプーンでアイスをすくい、こちらに差し出す。
――これだっ!
言葉遣いも普段の敬語から同年代の友達と話すようになっている、行動だって普段のアリサさんからはかけ離れたものだ。
いつもの調子なら、「そんなに食べたければ買ってみればいいんじゃないですか?」なんて言われるはずだ。笑顔で差し出すなんて……そんな事は有り得ない。
しかもそのスプーン……普通にアリサさんが使ってたやつじゃないか。そんな事、仲の良い男女の友達同士でもなかなかしないよ。
「…………えっと」
差し出されたって食えやしないよ!
これ周りから見たら「あ~ん」以外の何物でもないじゃないか。ってか周りから見なくても「あ~ん」以外の何物でもないよ!
「食べないの?」
と、首を傾げるアリサさん。
それがまた可愛いと思ってしまう自分が嫌だ。
「あの……いいのですか?」
逆にこっちが敬語になってしまう。
「いいよ」
笑顔で頷くアリサさん。
「そ、それじゃあ……いただきます」
俺は恐る恐るスプーンに口をつける。
「美味しい?」
「う、うん。……美味しい、です」
そう答えるが、正直味なんて分からないです。心臓がヤバイぐらいドキドキ言ってる。
「樹君のも一口貰うね」
そう言って、そのままスプーンで俺のアイスを口に運ぶ。
「ん~……うん。感想に困るね」
あはは、と笑う。
――あ、あんた誰だ!?
思わずそうツッコんでしまいたくなるほど、目の前の人間が信じられない。
それ以上に、相手は演技なのが分かってるはずなのに『樹君』という呼ばれ方に対してトキメイてしまっている自分が許せない……。ただ君付けされているだけなのに……なんでこんなに……。
その後、味も分からないまま残りのアイスを食べきった。
「そろそろ旅館、戻ろっか……」
立ち上がったアリサさんが言う。
「そ、そうだね……」
旅館ね…………旅館!?
そうだよ、旅館だよ!
そういえば俺、アリサさんと同じ部屋になったんだよ。
同じ部屋……今のアリサさんと?
それはマズイ。何がマズイって……何かとマズイ。
「あ、あの……アリサさん?」
「どうしたの?」
「そのですね、あの~……旅館に戻ってもそのキャラのままなんでしょうか?」
俺の質問にアリサさんは少し考える仕草をして、
「キャラってなんのことかな?」
凄くいい笑顔で言うのだった。
これは、つまり、その……このキャラのままでいくという事だよな。
それって、マズくね? ヒジョ~にヤバくね?
「そんなことより早く戻ろっ!」
そう言ってアリサさんは歩き出した。……俺の手を握って。
「えぇっ!? あ、あの、アリサさん!?」
これはもう友達ではないのではないでしょうかっ!?
俺が握られている手を見ていることに気付いたのか、
「あ、ごめん。嫌だった?」
そう言って手を離した。拗ねているような、悲しんでいるような、そんな表情で瞳を潤ませこちらを見つめていた。
「あ、と、嫌ってわけじゃ……ないです」
くぅぁ~……その表情は卑怯すぎる! 無性に謝らなければいけないと感じてしまう。そして考える前に謝ってしまった。
「じゃあ……いい?」
目を潤ませたまま、控えめに手を差し出してくる。
「は、はい……」
俺もその手を掴む為に手を前に――って違う! そうじゃないだろ、俺っ! ここは断らなければ……今後の為に。
「あの、嫌とかじゃないんだけど……その、あっ、ほら、手に凄い汗かいててさ!」
苦しいが、何とか良い言い訳を思いついて口にする。言い訳っていうか、汗が凄いことになってるのは事実だし……。
「気にしないよ?」
俺の思いついた言い訳も、アリサさんのそんな一言であっさり突破された。アリサさんはそのまま俺と手を再び握ってきたのだった。
アリサさんは一度俺を見て嬉しそうに笑って歩き出した。
俺もそれに続いて歩き出す……物凄くギクシャクした動きだったのは自分でも良く分かった。
旅館に帰るとすぐに豪華な日本料理の食事が目の前に並べられる。
向かい側に座るアリサさんはコートを脱いでいた。
直視するのは躊躇われる。
グレーの服。暖かそうな服で袖が手を半分覆うほどの長さなのだが、食事をする為に、それを今は手首が見えるぐらいまで捲くっていた。
どうでもいいけど袖から指だけ出てるのってなんでこんなに可愛く思えるんだろう……俺だけなのかな?
まぁ、問題はそこじゃない。うん、それは問題ないんだよ。何で直視出来ないかって言うとさ、その……肩が出てるんだよね。それも、結構大胆に……。
寒さから身を守る為の服なのに何で出す!? ファッションかもしれないけどさ、疑問だよね。
例えば夏なら肩が出てる服を着てたって何とも思わない。なのに今はまともに見れない。
なんでだろう……考えても良く分からない現象である。
多分、冬で普段は隠れているところが見えるっていうことが不思議な魅力を放っているのだろうと推測してみる。
結局、この豪華な料理の数々もほとんど味が分からないまま食事を終えた。
そして、俺は今、部屋の真ん中に座っていた。
部屋には俺一人。
アリサさんは風呂に入っている。
この部屋専用の風呂に……。
専用ってことは、部屋のすぐ近くにあるってことだ。というか部屋と繋がっている。
それってつまり、アリサさんが風呂に入っている音が聞こえてくるという状況になってしまっている訳で、俺はとても落ち着かない気分になっているということだ。
そわそわしてしまい、じっと座っていることが出来ない。
スマホを弄ってみたり、立ち上がってふらふらと歩いてみたりした。テレビも点けてみた。
だけど、全然気は紛れない。
テレビの音量を上げても、それより小さいはずの浴場の音がどうしても耳に入ってきてしまう。
「…………出よう」
もう限界だった。
このままここにいるのはいろんな意味でよろしくない。
俺は上着も着ずにすぐさま部屋を出ていった。
数十分後、部屋に戻って扉を開ける。靴を脱いで中に入り、襖を開けて中を見ると、そこには浴衣を着たアリサさん。
アリサさんは俺が戻ってきたことに気付くと、
「どこ行ってたの? 急にいなくなるから心配したよ」
「ちょっと……その辺に」
答えながら部屋の中に足を踏み入れる。
適当な答えだが、実際どこに行っていたのかなんて説明できない。なんせ適当に歩き続けていただけだから。
「その辺って……まぁ、戻ってきたからいいけど。はい、お茶」
「あ、ありがとう」
アリサさんが入れてくれたお茶を飲む。
冷えた身体に温かかった。
呑んで一息ついたところでアリサさんがジィッと俺を見ていることに気が付いた。
「な、なに?」
「ふふ……鼻、真っ赤だよ」
そう言って俺の鼻に触れる。
風呂上りだからなのか、アリサさんの手は凄く暖かい。
「お風呂入ったら? 暖まるよ」
「う、うん……そうする」
触られたこととか、今のアリサさんと会話することとか、やっぱり気恥ずかしくて……俺はいそいそと風呂場へ移動するのだった。
だけど、それで問題は終わらなかった。
というか、風呂上りの俺に、最大の問題が待ち受けていた。
それは風呂から出て部屋に戻ったとき。
一目で分かる大問題。
部屋に敷かれた二つの布団。
机を隅に移動させ部屋を目一杯使っても、辛うじてくっついてはいないと言えなくもないぐらい近距離に並んでいる布団。
ここに俺と……アリサさんが寝るのか……?
こんなに近い距離で?
……というか、俺、アリサさんが寝てる姿って……そういえば見たことない。
俺は部屋の扉を開けた状態のまま動けなかった。
「あ、布団敷いておいたよ」
そんな俺を見て、然程気にしてる様子もなくアリサさんは言った。
「あの……」
「ん、なに?」
「布団……近くないですか?」
「そう……かな?」
俺の質問を聞いて不思議そうに並んだ布団を見るアリサさん。
「ん~……良いんじゃないかな、このくらいなら」
良くないです!
「今日は疲れたし早く寝ちゃおう。明日も色々回るんでしょ?」
「う、うん。その予定だけど」
「ほら、樹君も気にしない気にしない」
布団に入って俺を招くように隣の布団を手で叩く。
「気にしないとか……」
出来るわけないだろう……普通に考えて。
招かれるまま仕方なく布団に入る。
「おやすみ」
隣からアリサさんの声。
「お、おやす……み」
言いながら隣を見る。
そこには当然アリサさんがいる。それは分かってたんだけど、予想以上に近い気がする。
すぐに顔を逸らして、身体の向きも変える。
「電気消すね」
アリサさんの言葉のすぐ後に部屋は電気が消えて真っ暗になった。
少しして、隣からはアリサさんの規則的な寝息が聞こえてきた。
普通に寝とるっ!?
いや、いくら今日のアリサさんがいつもと違って……その……とても可愛らしい普通の女の子みたいなキャラであってもアリサさんはアリサさんだ。
俺に寝姿、などという隙だらけの姿を見せるわけがない。
きっと俺がアリサさんを見ようとかしたら……とんでもない罠が待っているに違いない。
だから……俺は何もしない。動かない。
隣から聞こえるアリサさんの寝息。
なるべく聞かないように、見ないように布団を頭から被った。
…………。
確かに今日一日、歩き回って疲れていた。
それに、俺は昨晩も一睡もしてない。
身体は疲れてるはず……なのに全然眠れなかった。
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