第8話
「いやぁ〜、コイツがどうしてもって言うんで来ちゃいました! それにしても、ホンット楽しみですよ。アリサさんのご飯」
俺の肩を叩きながら今岡が言う。
学校が終わって、そのまま俺と一緒に帰ってきた今岡は、家に上がるとすぐさまアリサさんに話しかけた。
アリサさんの表情は全く変わっていない。いつもの営業スマイルだが、苦手な今岡を連れてきたことで内心嫌がっているんじゃないかと思う。
今岡を家に近づけないようにすると約束した翌日につれてきたわけだから俺を恨んでいるかもしれない。
「でもマズかったですかね? 呼ばれたとはいえイキナリ来ちゃったりして」
「いえ。樹様がお呼びしたのですから、歓迎致します。それでは準備が整いましたらお呼び致しますので樹様のお部屋でお待ちください」
「はい! 邪魔しちゃわるいですもんね。大人しく待ってます」
歓迎する、と言われたのが嬉しかったのか満面の笑みでアリサさんの言葉に頷く今岡。
……アリサさん。上手いこと言って今岡を遠ざけたな。
これで夕飯の支度が整うまでアリサさんの傍を離れなければいけなくなってしまった。ここでアリサさんの意見に反対するのも不自然だし……仕方ないか。
まあ、いい。
今は引き下がって作戦を考えることにしよう。
今夜で決着をつけてやる!
俺はそう決心した。
「へぇ〜、俺の部屋より全然綺麗だな」
俺の部屋に入った今岡の第一声がそれだった。
「そうか? 普通だと思うけど……」
「うんにゃ、綺麗だぜ。俺の部屋なんか足の踏み場もねーもん」
それはお前の部屋が汚すぎるだけだ。それと比べればどこだって綺麗だろうさ。
なんて、上からの視線で思ってみたが……実は俺だって掃除が上手いほうじゃない。
今のこの部屋はアリサさんが掃除しているのだ。
今岡は部屋の中を見渡した後、無遠慮にガサゴソと何かを探しだした。
「なに……してるんだ?」
「……っんだよ、エロ本ねぇのかよ」
「お前は人の家に来て、まず最初にすることがそれか!?」
なんなんだよ……エロ本探すか普通。
「もしくはアリサさんの盗撮写真とかないの?」
「ねぇーよっ!!」
盗撮なんて、そんな恐ろしいこと出来るかよ。
絶対にバレるよ。
バレた後が恐ろしすぎるわ! 考えたくもないことが待ち受けているだろうこと必須だ。
「エロ本持ってないとか……ありえない」
愕然とした表情で俺を見る今岡。
そこまで驚くことか……?
まあ、珍しいとは思うけど。
ちなみに、俺はエロ本に興味がないわけではない。むしろ、ある。そして持ってもいた。過去形なのは今は持ってないからだ。
引越してきて、前の家からお気に入りを数冊持ってきていた。
何故捨てたのか……それは、ある日、学校から帰ってくると机の上に並べられていたからだ。
勿論、そんなことをするのはアリサさん以外にはいない。なんせ、部屋を片付けているのはアリサさんだ。勿論絶対バレないように隠したさ。
バレたけど。
バレただけでも恥ずかしいのに、並べられたエロ本は、その傾向毎に整頓されていた。
これは恥ずかしいを通り越して死にたくなったものだ。
ましてやメイド物があったのが何よりキツイ。
まぁ、そんなことがあって……その日のうちに燃やしてしまった。
その後は購入していない。
「まあいいや。それにしてもやっぱりアリサさんは美人だな〜!」
一通り部屋中を探して、隠してないことを確認したの今岡は床に座ってしみじみと呟いた。
「あっそ」
「あっそってお前……ふざけてんの?」
真剣に、怒ったような顔だった。
「アリサさんみたいな美人に『樹様』とか呼ばれて調子に乗ってんじゃね?」
どういうことだよ……つーか何にそんなにキレてんの?
「はっ! まさか……エロ本もないし……そういうことなのか!?」
なにか思いついたらしい今岡。
「そういうことってなんだよ?」
「お、俺にはそんな趣味ないからな!?」
俺から離れ、自分の身体を守るように抱く。
……今の言葉で、大体どんな勘違いをしてるのか理解した。
「俺にもそんな趣味はない!!」
別に男色じゃねーよ!?
それに、そんな仕草は女の子なら可愛いかもしれないが、お前がしても気色悪いだけだ。
「じゃあなんなんだ? アリサさんに興味示さないとか、男としてどうなのと俺は問いたい!」
そんな力説されても……
「……そうだな……相性が悪いとしか言いようがない」
うん。ホント相性が悪いんだ。
「あ、ああ、あ相性ってお前……まさか、夜の――」
「違ぇーよ!? 普通に、ただ単に!!」
何を言い出すんだ、コイツは。
アリサさんと夜の相性って……想像もできないな。
「とにかく! アリサさんとはそんなんじゃないから」
俺はもう一度はっきりと告げる。
「でも、興味はあるだろ?」
今岡に訊かれ考える。
興味、か……出会ってすぐ敵認識してたから考えたこともなかったな。
どうなんだろう……美人だとは思うけど。
「一緒に住んでるんだから嬉し恥ずかしな事故とかないの?」
「なんだよ、それ。……ないよ」
「着替え覗いちゃったとか風呂覗いちゃったとか」
「覗いてばかりだな」
「あとは、そうだな……」
今岡は顎に手を当て思考している。
「転んだ拍子に抱きついちゃったり……くぅ〜、なんて羨ましいんだこいつめっ!!」
想像して勝手に羨ましがる。
「ないから! 全然!!」
仮に俺がうっかり何かをしてしまったとしてもアリサさんが被害に遭うなんて……思えない。完璧に対応されてそのドジを馬鹿にされることだろう。
「はぁ〜……ったく」
俺は重く溜息をついた。
○ ○ ○
「お食事の支度が整いました」
それから一時間ほど今岡と話していると部屋がノックされ、アリサさんが現れた。
「あ、はい! 待ってました!」
嬉しそうな今岡。
「おい、早く行こうぜ!!」
呆れ半分にその様子を見ていた俺を急かす。
今岡に腕をつかまれて、俺は部屋を出た。
さあ、ここからが本番だ。
今岡を使ってアリサさんに嫌がらせ――もとい、俺の平穏の為の戦いをしなくちゃならないんだ。
俺は心の中で頬を叩き、気合を入れた。
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