第7話

 放課後、本当に家にまでついてきた今岡。

 惚れたと宣言する相手を前に興奮した様子の今岡は休むことなくアリサさんに質問をぶつけていた。

 ……アリサさんのプライベート的なことはことごとくはぐらかされていたけど。

 今岡がやってきて帰るまで……まぁ、これと言って特に何かあったわけでもなく、強いて言えば今岡の前だからかアリサさんが俺に対しても愛想が良かったことぐらいか。

 今まで家に居るときは俺とアリサさんの二人だけなのが当たり前だったので今岡が来ることによって何か変わったり、いつもと違うアリサさんに気付けたりするんじゃないだろうか、という期待もほんの少しだけしていたのだが……やはり期待するだけ無駄だった。

 アリサさんは今岡の前で完璧なメイドさんを演じきった。それはもう『これぞメイド!』って感じだった。

 そんなアリサさんの様子に「やっぱ羨ましいそコノヤロー」と、しきりに羨ましがって俺をビシバシ叩いてきた……結構手加減なしで。

 本人の前でそれを否定しようものなら後でどんな仕打ちをされるかも分からないので、俺は曖昧に笑っておいた。 

 今岡は一通りアリサさんに質問したり、どうでもいいようなことを話したり、家に来てから一瞬たりともアリサさんの傍から離れようとしなかった。

 でも、まぁずっと居るわけにもいかない。最後に、名残惜しそうに「じゃあ、また来るから」と言い残し、自分の家へと帰っていった。


 そんなこんなで夕飯時。

「…………」

「…………」

 今日のメインはビーフシチューだった。

 ビーフシチュー、嫌いな人は少ないと思う。勿論、俺も大好きだ。それにアリサさんの作る料理は何だってお店で出ても違和感の無いぐらい美味しいものばかりだ。

 このシチューだって今まで食べたどんなシチューよりも美味いんだけど……

「…………」

「…………」

 俺もアリサさんも無言で箸……もといスプーンを進める。

 いつもならそれなりに会話がある。ほとんど俺が馬鹿にされたりなんだけど……それでも会話が無いよりはいいんだと今、気付いた。二人いて会話が無いというのは、一人で黙々と食べるよりずっと寂しいものなんだね。

「あの……アリサさん?」

 俺は食事の手を止めて話しかけた。

「……何ですか?」

「もしかして、怒って……らっしゃいます?」

「いえ、別に……」

「そ、そうですか」

 会話終了。

 その後も何度か話しかけてみた。一応返事はしてくれるけどあからさまに負のオーラが噴出しているのが分かる。思わず敬語になってしまうぐらいには。

 話すのは諦めて食事に戻ろうとスプーンを手にした、そのとき、

「別に……怒っているわけでも、不機嫌なわけでもないのですが」

 初めてアリサさんから話しかけてきた。

「え、そうなのですか?」

 どう見ても不機嫌あるいは怒ってるようにしか見えないですが。

「ただ……ちょっと疲れてしまっただけです」

 言ってアリサさんは溜息をつく。

 アリサさんの本気の溜息は初めて見た、とかどうでもいいことを思ってしまった。今まで俺を馬鹿にする溜息は何度も見たことあったけど……。

 少し……ほんの少し心配になってしまった。が、俺は頭を振ってその気持ちを振り払う。

 アリサさんは……俺の敵なのだ。安息の日々を得るためには心を鬼にしてアリサさんを追い出さなければならないのだ。

 それにしても……疲れた、か。

「それは……今岡の……」

 尋ねてはみたが、それ以外は考えられない。

「ええ……そうです」

 頷くアリサさん。

 確かに休む間を与えることなく喋り続けてたからな、今岡の奴。

「あの手のタイプの方は、こちらが何を言っても中々諦めてくれませんから」

 なるほど。

 アリサさんほどの美人なら今までの人生、男に構われたことが無いなんて有り得ない。だから今岡が自分に対して好意を持ってるのも分かってしまったんだろうな。

 更に、今の言葉でアリサさんが今岡のことは眼中にないということもハッキリした。哀れ今岡。

「つまりアリサさんは…………」

 一度言葉を止める。

 ここから……ここからが重要だ。

 それによって俺の今後の方針が決まる。

「今岡が……苦手?」

 訊いて、俺はアリサさんの返事を待つ。

 真剣に。

「…………」

 アリサさんは少し考えて、

「……少しだけ、ですけど」

 そう言った。

 確かに、言った。

 苦手だと。

「そ、そうなんだ」

「はい……」 

 素直に頷くアリサさん。

 本当にお疲れのご様子だった。

 なんせ、俺をからかう余裕が無いほどだからな。

「……そっか」

 アリサさんは今岡が苦手。

「……? 何か嬉しそうですね」

「え!? いやいや、そ、そそそんなことないよ?」

 初めて握ったアリサさんの苦手なもの。どうやら知らず知らずのうちに頬が緩んでしまっていたらしい。

 ……気をつけないと。少しでも油断したら俺の企みなんてすぐにバレてしまうからな。

「そ、それじゃ……今岡は出来るだけ家に来ないようにしないとね」

「はい。お願いします」

 本当に、今日のアリサさんは素直な人だった。


 翌日の教室。

「おはよう」

 俺は休み時間に今岡に声をかけた。 

「お、春田。おはよう! 昨日は楽しかったな!」 

 今岡は元気に挨拶を返してきた。

「そうか。それは良かった」

「で、アリサさん……俺のこと何か言ってなかったか?」

 今岡はそんなことを訊いてきた。

「……何か?」

 俺は意味が分からず訊きかえす。

「ほら、今岡さんってかっこよかったとか、優しそう、とかさ」

「あ、ああ……そういうことか」

 なるほどね。自分の評価が気になったわけか。

「…………」

 でも残念。

 今岡はアリサさんの眼中にない。というか苦手にされてる。

「と、ところで今岡。今日暇か?」

「ん、ああ。暇だけど」

「なら今日も遊びに来るか? ついでに晩飯も食ってけよ。アリサさんの作る料理は美味いぞ」

 そう言うと今岡は目を見開いて俺を凝視する。

「い……いいのか?」

「ああ、勿論だ」

 俺ははちきれんばかりの笑顔で頷いた。

「い、行く! いいい行くぞ、絶対に!」

 今岡は物凄い勢いで俺の肩をガシッと掴んできた。

「そ、そうか……それじゃそういうことで」

「あ、ああ! ありがとうな! 楽しみにしてるぜ!」

 今岡は嬉しそうに自分の席へ戻っていった。


 フッ、俺に苦手を教えたことを後悔するがいいアリサさん。

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