第6話
結局、廊下に設置された罠の穴から出られたのは一晩経ってからだった。出られたと言っても勿論自力で出られるはずもなく、情けなくアリサさんに謝り続けた結果だった。
最後の方は若干泣き入ってたのは秘密だ。
まぁ、そんなこんなで一晩振りに脱出できた訳だけど……その後、部屋で眠りについた。
起きたのは昼というより夕方に近い時間だった。
折角のGWの一日を寝て過ごしてしまったと、何ともいえない虚無感に包まれる。
頬を叩き、頭を振って気持ちを切り替える。
昨日は罠に嵌まったばかりか、後をつけていたことも全てバレてしまっていた。それはつまり、つけられてると気づいてる人間が弱点などさらけ出すはずがないってことで。作戦は失敗に終わったってことだ。
だったら新たな作戦を立てなければいけない。弱点が分からないなら分からないなりにやりようがあるはずだ。
……ある、よな? きっと。
それから晩飯までの間、ずっといい案はないものかと考えていた。考えてはいたのだが……やはり簡単に思いつくはずもなく。
「あの……アリサさん」
「なんでしょう?」
「アリサさんには、その……苦手なものとかないんですか?」
晩ご飯を食べながらアリサさんに直球で尋ねてみた。
考えてもどうしようもないと理解した俺の苦肉の策とも呼べない策だった。
もう本人の口から聞く以外に弱点を知る術なんてなかった。
「そうですね……特にないと言えばないのですが。強いて言えば」
絶対に教えてくれないと思っていたが、そんな予想とは裏腹にアリサさんはあっさりと話し始めた。
「強いて言えば? し、強いて言えば何!?」
「…………」
アリサさんは無言で俺を見つめてきた。
なんなんだろう……。
「樹様の教育……でしょうか。成績下の上、運動神経並、高校生活も一月経ったにもかかわらず友達といえる人間無し、さらに白昼堂々婦女子を尾行し倒錯的な快感を得るちょっとアレなご主人様をどう教育していけば良いのか日々悩み困っております」
「………………」
「そんなところでしょうか」
それだけ言ってアリサさんは食事に戻る。
…………。
あっ、あまりのことに固まってしまった。
というかアレだよな。これは究極に馬鹿にされてるよな。怒った方がいいのかな。でも怒ったとしてもアリサさんに勝てる気がしない。
――というか事実だしね!
なんか無茶苦茶悲しい気分。
食事も喉を通らない。
「…………ごちそうさま」
俺は半分以上残った晩ご飯をそのままにして部屋へと戻った。
その後、落ち込んでいたらいつのまにかゴールデンウィークは終わってしまっていた。
今日は久しぶりの登校。
教室で自分の席に座る。
周りはそれぞれ仲良しのグループで集まってゴールデンウィークの出来事だとか昨日のテレビやら何やら楽しそうに談笑している。
……まぁ、俺の周りには誰も居ないわけだけど。
これがいつも通りだし別に寂しいとか……思ってないし。
一人が好きなだけだし!
一人で考える時間はたっぷりとあるんだ。学校にいる間に平穏な生活をするための方法を考えよう。
「おはよう、春田!」
頬杖をつき、窓の外を見ていると思いもよらず声をかけられた。
振り返るとそこには、
「おはよう……え〜っと……」
確か同じクラスの奴だ。何度か見たこともある。
「今岡だ」
「ああ、そうそう」
そんな名前だったな、そういえば。
話したのは初めてだ。というか話したことのあるクラスメイトなんてほとんどいないんだけどね。
学級委員っぽい人とは事務的に話したけど。
「それで、なんか用でも?」
俺は今岡に尋ねる。
「ああ、実は……」
今岡は真剣な顔でこちらを見つめてきた。
「お前ん家ってさ、水島公園の所だよな?」
急にそんなことを訊いてきた。
確かにその通りだった。水島公園ってのは家の目の前にある結構大きい公園だ。公園の中心には池があり、さらに池の中心に小さな島があることから、その名前になってるらしい。
でも、何故急にそんなことを?
「……そうだけど」
俺は訝しみつつ一応答える。
「だよなだよなっ!」
今岡はそれを聞いて嬉しそうに俺の肩を叩いてきた。
「そ、それがどうかした?」
「ああ、こっからが大事なとこなんだけどよ」
今岡は一呼吸置いて――
「お前ん家、メイドさんいるよな!? それもスッゲェ美人の」
と言った。
「え、え”ぇっっっ!?」
な、なんで知って……
「俺ん家、結構近いんだよ。それで何度か見かけてさ、一回話したこともあるぜ。挨拶だけだけど」
そうだったのか……クラスメイトだしな。近くに住んでることもあるよな。
でも……
「べ、別の家じゃないかな?」
やっぱり知られたくないものは知られたくない。
絶対ややこしいことになるに決まってる。
「んな訳ないだろ。春田って表札に書いてあったし、あの辺で他に春田なんて名前の家は無いはずだ」
ちくしょ〜、最初に普通に答えたのが拙かったか。
「だろ? だからお前の家にはあのメイドさんがいるってことだ!」
「ぐ、うぅ……」
反論が出来ない。
「な? そうなんだろ?」
「そ、そうだけど……」
それで、コイツはそれを知ってどうする気なんだ?
「やっぱりな! そうだと思ってたぜ!」
事実を確認すると、やはり嬉しそうに俺の肩をバシバシと叩いてきた。
「それで相談なんだが……」
かと思うと次の瞬間には真剣な顔つきで俺の肩に手を回す。
「そ、相談?」
「ああ。あのメイドさん……紹介してくれね!?」
「は、はぁ……?」
「だから、俺をあのメイドさんに良い感じで紹介してくれって!」
……それはつまりどういうこと?
「衝撃だった。こんな気持ちは初めてだ」
「え、え〜と……今岡はアリサさんに惚れたってこと?」
「アリサさん! アリサさんっていうのか彼女!」
「う、うん」
「そうだ! 俺はアリサさんに惚れた! だから紹介してくれ」
な、なるほど……まぁ顔はかなり美人だからな、アリサさん。外面も……っていうか、俺以外には良い性格で対応してるしな。そういうこともあるか。
「そうか。でも、あの人はやめた方がいい」
俺は心からの親切心で忠告した。が、どうやら今岡はそれを勘違いしてくれたらしい……悪い意味で。
「何!? まさか彼女とお前は主従を越えた愛で結ばれているとでもいうのか!?」
「い、いや、ちが」
「それじゃあ……ま、まさか、主という立場を利用してとても口に出来ないようなことを彼女に……? この極悪人めっ!!」
俺に何も言わせずに勝手に話を進めていく今岡。
「くっそぉ、なんてことだ!」
ああ、ほんとになんてことだよ。お前の頭は。
「決めた! 俺は決めたぞ!!」
「な、なにを?」
「今日、学校が終わったらお前の家に行く!」
「えぇっ!? な、なんで!?」
「この目で事実を確認してやる! そして俺の予想が正しかったら、俺がアリサさんを救うんだ。そして二人の間に芽生えるもの……それは愛!」
やっぱり厄介なことになってしまった。
もう俺は何も言えなかった。言いたくなかった。どうせ何を言ってもコイツは来る。だったらさっさとアリサさんの本性を見せてやろうと思った。
今岡はチャイムが鳴り、教室に担任が来ても延々とアリサさんとの未来予想図を語り続けていた。二人の間に男の子と女の子の双子が生まれるとか言ってた辺りまでは聞いてた。
それよりもクラス中からこちらに向けられる視線に耐えるのが恥ずかしくて大変だった。
今日も長い一日になりそうだ。俺は顔を隠して溜息を吐いた。
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