第42話

 こたつの中に詰め込んだ今岡が寝息を立て始めたのを見届けて俺はホッと息を吐き出した。

 それから、しばらくの時が過ぎ、客間の方から三上さんの騒ぐ声が聞こえなくなったころアリサさんがリビングに戻ってきた。

 俺はすぐに近づいて声をかけた。


「あの…………」


 俺の考えはまず間違いないはずだ。


「はい、なんでしょう?」


 いつもの無表情に見えるが……確信を得た俺からすれば全然『いつもの』ではなかった。


「何してるの…………妹さん」


 そう、今俺の目の前にいるのはアリサさんではなく……以前会ったことのある妹さんだったのだ。

 間違いないはずだ。


「………………なんのことでしょう?」


 いやいや……間っ!

 その間はなんなんだよ。


「アリサさん本人はどこに行ったの?」


 家に来る前に電話した時は確かにアリサさん本人だったはずだ。

 アリサさんのスマホに連絡したのだし間違いない。

 つまり、電話してから家に帰るまでの間にアリサさんと妹さんが入れ替わったということだ。


「……え~、もうバレちゃった。完璧にお姉ちゃんになりきって演技してたのに」


 妹さんはあっけなく認めた。

 そしてアリサさんの演技をやめたことで表情を崩し、残念そうにした。


「なんで分かったの? 絶対バレないように完璧に演じたのに~」


 なんでって……なんでだろう?

 違和感があったとしか言えない。


「えっと、なんとなく?」

「え~……何それっ!」


 怒ったように頬を膨らませぷんすかする。

 なにそれ、あざとい。

 見た目アリサさんでその行動は色々と……その……なんかイケないものを見てしまった気分になる。


「それにアリサさんなら……例え悪戯でも俺たちに酒を飲ませるなんてしないと思うし」


 それが一番大きい理由かもしれない。

 もしそれがなければ、見た目だけでは違和感は感じても見破るまではいかなかった可能性がある。

 それだけ演技は完璧だった。

 見た目も。


「あ~、やっぱりお酒はやりすぎだったかぁ……でも絶対面白くなると思ったんだよなぁ」


 完全に悪意しかなかった。


「で、どう? 見た目完璧じゃない?」


 スカートを指で摘まんで広げてクルリと回ってみせる。

 たしかに見た目は完璧だ。

 だけど――


「う~ん……似てるけどなんとなく違うかな」


 正体の分かった今、アリサさんにそっくりではあるけどアリサさんには見えなかった。

 ……表情が豊かだからか?

 でも最近、アリサさんが俺をからかう時に色んな表情を見せるようになったけどそれとも何かが違うんだよなぁ。


「まぁ、バレちゃったならもういいか」


 妹さんは摘まんでいたスカートを離しながらそう言った。


「もういいって――」


 どういうこと、と聞こうと思った瞬間。


「とうっ!」


 と、掛け声とともに妹さんがメイド服を脱ぎ捨てた。


「え、ちょ! 何してんの!?」


 いきなりの出来事に目を瞑って顔を逸らす。

 その瞬間、投げ捨てられたメイド服が床に落ちた音がした。


「え、何で顔背けてんの?」

「い、いきなり脱ぐからだよ!」


 なんでそっちが疑問に感じてんの!?


「……あはっ、恥ずかしいのかな?」


 完全にからかっている感じの声だった。


「服着てるから見てもいいよ」


 ということは……あのメイド服の下に別の服を着てたってことか。

 恐る恐る目を開けて妹さんを見る。

 確かに服を着ていた。

 

「どう? 似合う? ま、私は何でも似合っちゃうんだけどね」


 音符がつきそうな弾んだ声で自慢げに言う。

 確かに似合ってはいる。

 妹さんはアリサさんにそっくりな美少女だ。

 言う通りに恐らく何を着ても似合ってしまうだろう。

 今着ている服も勿論そうだった。

 だけど――


「なんでメイド服!?」


 メイド服の下から出てきた服はメイド服だった。

 それも先程のようなアリサさんがいつも着ているような物ではなくて、秋葉原でよく見かけるような非常に露出の多い、もはや作業するような服ではなくなってしまっているミニスカートのメイド服だった。

 目のやり場に困るレベルだ。


「お姉ちゃんを感じるけどお姉ちゃんが絶対に着ないものを選んでみた!」


 確かにそうだけどっ!

 一応メイド服ってことでメイドであるアリサさんを感じ、そしてアリサさんが絶対着ないであろう媚び媚びでキャピキャピな感じのメイド服。


 …………絶対着ないよな

 似合うだろうけど。


「あれ? もしかして……お姉ちゃんが着てるの想像しちゃった?」

「は、はぁっ!? してないし!」


 したけど……ちょっとだけだし。


「見たいなら君が頼めば着てくれると思うよ」


 そんなこと恐れ多くて頼めるわけがない!

 大体そんなこと頼んだら変態みたいじゃないか!


「い、いや……やめとく」

「ま、その分私の事いくら見てもいいよ」


 そう言われても普通に考えてじっくり見るなんてこと出来ないだろう。

 今岡じゃないんだし。


「て、てかアリサさんはどうしたの!?」


 見せつけるように近づいてくる妹さんに気まずくなって話を逸らす。

 ついでに顔も。


「恥ずかしがらずに見ればいいのに。着てる本人が見てもいいなんて言うことあんまりないよ?」

「け、結構です!」


 逸らした視線の先に回りこんで上目遣いでそんな風に言ってくる妹さん。

 あざとい。

 めちゃめちゃあざとい仕草だった。

 しかも自分が美少女なのをわかっていてわざとやっている。


「残念。折角見せるために着たのに」


 そ、そう言われても……。


「で、お姉ちゃんだっけ?」

「そ、そう! アリサさんはどうしたの!?」

「お姉ちゃんなら――」


 ふいに妹さんの声が途切れ、


「どこかの誰かの策謀で家を空けることになってしまっていましたね」


 目の前には先程までの俺をからかっていた上機嫌だった表情を絶望に変えた妹さん。

 そして――背後からは聞きなれた平坦な声が聞こえてきたのだった。

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