第24話

 二学期と言えば体育祭に文化祭。

 学生にとって最大級の行事が目白押しの時期である。

 俺も勿論それらの行事を内心楽しみにしていた。

 何故ならば、今年は人生で初めて……遠くから独りで眺めるのではなく、自分自身が体育祭の競技や文化祭のクラスの出し物に皆と協力して取り組めるのではないかと期待しているからだ。

 だが、その前に乗り越えなければならないものがある。

 それはテストと言う名の地獄。

 テスト……それは学生にとって最大の敵。そして避けることの出来ない試練である。これを乗り越えなければ様々な行事を楽しめなくなってしまう。

 俺の成績は……ギリギリ平均点といったところだ。一学期のテストもそうだった。なんとか平均点を超え、追試も補習もなかったのだが、今回のテストは前回よりも難しくなっているのは明白で、今回も平均点を取れるかと言えば自信を持って取れるとは言えない。

 そんな訳で今回は真面目に勉強しようと思ったのだった。



「まさか、本当にメイドが居るなんて……」

「……っ……」

 なにやら慄いた様子で三上さんが呟いた。伊吹さんもアリサさんを見て息を呑んでいる。

 二人とも以前会ったことがあるはずなのだが……。

 まあ、確かに……家に入ったらメイドさんが出迎えてくれました。なんて現実味に欠けることが目の前で起こればそんな反応も仕方ないのかもしれない。

「おじゃましまっす! アリサさん相変わらず美人ですね!」

 今岡は二人とは対照的に満面の笑顔だった。

「それじゃ、まあ、上がって」

 俺はアリサさんに絡む今岡を無視して二人に言った。

「あ、うん……お邪魔します」

「し……失礼、します」

 俺の言葉で我に返ったのか、二人はアリサさんから視線を外して靴を脱いだ。

「座って待ってて。今岡連れてくるから」

 部屋に二人を案内した俺は、こっちにやってくる様子のない今岡を連れに一階へと降りていく。

 アリサさんと暮らすようになってから、部屋に見られて危険なものは置かなくなったので女の子が部屋に居ようとも気にしないで部屋に二人を残して外に出ることもできる。。

 一階では今岡がアリサさんにしつこく付き纏っていた。

「お前、何しに来たの?」

 俺は背後から今岡の首を掴んで冷ややかに言う。

「アリサさんに会いに来たに決まってんだろっ!」

 キレられた。

「え……いや、勉強」

 戸惑いながらも本来の目的を告げる。

「そんなん知るか! 俺はアリサさんとお話するんだ!」

 駄々っ子のように手足をじたばたさせる今岡に軽くイラッとする。

「いい加減にしないと二度とうちに呼ばない」

 俺は今岡の耳元で静かに告げる。

「すみませんでしたっ!」

 素早い変わり身だった。

 謝った今岡は駆け足で二階へと上がっていった。

 それを見届けて、

「アリサさん。お茶とか頼める?」

 アリサさんに尋ねる。

「はい。素晴らしいタイミングでお持ちいたします」

「……素晴らしいタイミングって何?」

「例えば、樹様がお友達のお二人に野獣のように迫った瞬か――」

「ないからっ!」

 アリサさんの言葉の途中でそれ以上聞かないように怒鳴った。

「絶対無いから! すぐに持ってきてくれればいいから!」

 俺はそれだけ言って自分の部屋へと向かった。

 

 一つのテーブルを四人で囲んで勉強。それぞれがノートや教科書を自分の前に広げている。その近くに飲み物が入ったコップ。テーブルの真ん中にはアリサさんの手製のお菓子。クッキーとか軽くつまめるものが数種類。

「それで……なんで家に普通にメイドがいるのよ?」

 勉強を始めて数分。三上さんが訊いてきた。

「実のところ……俺にも良く、わからないです」

 俺は素直な気持ちを伝えた。なんせ、引っ越してきたら居たのだ。それ以外にどう言えというのだろう。

「そ、それで……あ、あの人と、一緒に住んでるの?」

 続けて質問してくる三上さん。

「あ、うん。……アリサさんもこの家に住んでるけど」

「へ、へぇ~……そうなんだ」

 引き攣った表情をする。

「きょ、今日はご両親いないみたいだけど共働き?」

「まあ、共働き……なのかなぁ?」

 どうなんだろう。父さんは母さんと一緒にいたいが為に会社を辞めたわけだけど、今は母さんの手伝いとかしてるのかな。

「というか、家には俺とアリサさんしか住んでないよ?」

 やっぱりこんな家に住んでるんじゃ一人暮らし(メイドもいるから二人暮しだけど)だとは思えないよな、普通。

「は、はぁっ!?」

 三上さんが素っ頓狂な声を上げた。

「な、なに?」

 見る見る怒りに顔を赤くしていく三上さんに怯えながら尋ねる。

「な、なにって……それって二人で住んでるってことでしょ!?」

「は、はい。そうなります」

 自然と敬語になってしまった。

「そ、そそ、それって……ど、同棲じゃない」

「ど、同棲っ!?」

 今度は俺が素っ頓狂な声を上げる番だった。

 同棲って……それは恋人同士が一緒に暮らすって意味じゃないか。

「ち、違う! 俺とアリサさんは恋人じゃない!」

「こ、恋人ですって!?」

「だから違うって! アリサさんはメイド以外の何者でもないよ!」

「メイドって……主人なのをいいことにあんな事やこんな事を……」

 小声でぶつぶつ呟いている三上さん。

「――この変態がっ!!」

「ぬぐぁっ!?」

 三上さんの中でどういう答えに行き着いたのかはわからないが、三上さんから俺に発せられたのは罵倒、それと頬へのビンタだった。

 この場はもう滅茶苦茶だった。なにがなんだか分からない。

「お、落ち……ついて」

 伊吹さんが立ち上がった三上さんを後ろから羽交い絞めにする。

「そうだ! お前ら落ち着けよ!」

 それでもなお、俺へと掴みかかろうとする三上さんを制したのは今岡の怒声だった。


「落ち着いたか?」

 俺達の前に仁王立ちで今岡。

 三上さんは座ってコップに入っていたオレンジジュースを一気に飲み干した。俺も座って今岡を見る。

「まず春田」

 俺の名前を呼ぶ今岡。

「は、はい!」

「お前はすぐにパニクるな」

「ご、ごめんなさい」

 今岡からかつて感じたことがないほどの威圧感を感じる。

「そして三上」

「……なによ?」

 ぶすっとした表情だが一応返事はする三上さん。

「お前は勘違いしている」

「勘違い?」

 今岡の言葉に一瞬怒りを忘れ素に戻って質問する。

 俺も今岡の言葉の意味が理解できない。

「春田とアリサさんはお前が思ってるような関係じゃないんだよ」

 今岡は俺の味方をして誤解を解こうとしてくれているようだ。

 俺は初めて見るかもしれない今岡の真剣な表情を見て、若干だが確かに感動してしまった。

「確かに二人は一緒に住んでいる。だが、だがしかし!」

 今岡は力強く言葉を区切って、

「例えどんなに春田がアリサさんを想おうとも二人が結ばれることはないのだよ!」

 あれ……なんか話がおかしな方向に進んでないか?

「ちょっと待て! なんで俺がアリサさんを想うんだよ!?」

 そこは訂正しなきゃならない。

「ちょっと黙れ」

 俺の必死の言葉は一言で切って捨てられた。

「結ばれないって……なんで断言できるのよ?」

 三上さんが今岡に訊く。

「それはな……アリサさんには結ばれるべき運命の男が既に居るからだ!」

 今岡は拳を握り力いっぱい宣言した。

「…………は?」

 俺は間抜けな声を出した。

 アリサさんにそんな人がいたのか? 初耳だ。

「一応訊くけど、それって誰よ?」

 何言ってんのコイツ、という視線を今岡に向けて溜息交じりに尋ねる三上さん。

「それは勿論――俺だっ!!」

 何を言っているんだろう今岡は。

 俺は今、さっきの三上さんと同じような表情をしているに違いない。

 横目で三上さん達を見る。三上さんは明らかに引いていた。伊吹さんはポカーンとしている。

「はぁ……真面目に聞いた私が馬鹿だったわ」

「ど、どういう意味だよ!?」

「妄想は自分の中だけに留めておきなさいよ。アンタとメイドさんが話してるのは玄関で一瞬しか見てないけど、それでもメイドさんがアンタに興味もない事ぐらいはわかったわ」

 三上さんは残酷な真実を無慈悲に告げた。

「そんなことないわっ! アホか!」

「哀れね」

「哀れむな! くそっ! ベージュ色のオバサン臭いパンツを愛用してる委員長様に女心が分かるはずがない!」

「アンタよりは分かってるつもりだけど? ――というか貴様っ! どうして知っている!?」

 今岡の胸倉を掴む三上さん。

 知っている……って、マジでそんなパンツ愛用してるのか。それはちょっとどうかと思います。

「はんっ、俺に知らないことなどない! 特に女の下着に関しては!」

 なんの自慢にもならないような事を得意気に叫ぶ今岡。

「ちなみに今日の委員長はそれだけじゃない」

「……どういうこと?」

「三枚千円だ!」

「――死ねっ!」

 三上さんの肘が良い角度で今岡の顎に決まった。

「消す! 記憶を消してやる! 面倒だから命も消してやる!」

 顔を真っ赤にして怒っている三上さんは気絶した今岡に馬乗りになって殴り続けていた。


 そんなことを知っている今岡は勿論気持ち悪いけど……三上さん、女子高生としてそれはどうなの? と、思わなくもなかった。

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