第16話

「てことで、明日から泊まりで林間学校があるみたい」

 俺は家に帰ってすぐ、アリサさんにそのことを告げた。

 急なことでさすがのアリサさんも驚くんじゃないかな……なんて考えていると、料理していた手を止めたアリサさんがどこからか大きなバッグを取り出した。

「そう思って、既に準備はしておきました」

「なぜ知っている!?」

 俺は間髪入れずツッコんだ。

 今日聞いたことを今初めて伝えたのに、既に準備が出来てるってどういうことだよ……。

「安心してください。おやつは樹様の好きなものを選んでちゃんと三〇〇円分入れてあります」

 いつも通り無表情なんだけど、なんだか微妙に得意気にアリサさんは言った。

 っていうか――

「そんな心配はしていない! てか遠足じゃない!!」

 こ、子ども扱いしないでくれ!

「では何を気にしているのですか?」

「俺だって今日知ったばかりなのになんでアリサさんがもう知ってるのかってことだよ! 用意までして」

「そんなことですか……そんなことは別にどうでも良いことでは?」

 アリサさんはそう言って料理に戻ってしまった。

「どうでもよくないよ!?」

 それでも俺は執拗に尋ねる。

「そうですね……」

 アリサさんは振り向いて顎に指を当て考え始めた。

「メイドですから」  

 無表情なのにドヤ顔だった。  

「答えになってねぇ――っ!!」

 俺は叫んだ。



 翌朝、俺と同じ学年の生徒達は学校のグラウンドに集合していた。

 ここからクラス毎にバスに乗り目的地まで行くらしい。

 早めに家を出たためか、集まっているクラスメイトはまだ半分ほどだった。今岡もまだ来ていない。

 学校行事とはいえ皆で泊まりで何かをするってことに生徒達はそれなりに楽しみを感じているようだ。同じ班の友達なんかと仲良く今日の予定なんかを話し合っていた。

 俺はといえば……同じ班の人間を見つけることも出来ず一人でぽつんと立っていた。

 そんな俺に話しかけてくる人はいない。

 自分で言うのもアレだが、なんていうか……空気みたいなもんだ。

 手持ち無沙汰な俺は何度も読んだ予定表を、もう一度読むことにした。 

 何度も見ただけあって予定は全て覚えていた。

 こんな俺だけど、初めてちゃんと班を作って、その班で行う林間学校をかなり楽しみにしていたのだった。

 おかげで昨日、あまり眠れなかったし、今日登校するのも早く来てしまった。

 ……小学生かよ、と内心溜息を吐く。だけど、今回のような状況は初めてだし仕方ないことなのかもしれないとも思う。

 余った奴らを集めて作られた班や、教師に俺を班に入れてくれと言われあからさまに嫌そうな顔をするクラスメイトを見て、その先を楽しむことが出来るだろうか? 出来ない、と断言できるね。経験者が言うんだから間違いない。

 思い出すのも辛い経験だ。

 ……俺は頭を振って思い出してしまった光景を振り払い、昨日貰ったプリントに視線を落とした。

「出発前から暗い顔してるんじゃないわよ。折角同じ班になってあげたんだから」

 プリントに目を落とすと同時、声をかけられて振り返る。

 そこにいたのはクラスの委員長で同じ班になった少女、三上美咲みさきさんだった。

 肩ほどまでの黒髪で活発そうな女の子だ。

 背は俺よりも結構低いから、多分一五〇の前半だろう。

「何見てるのよ? というか、朝会ったらまずはどうするの?」

「お、おはよう。三上さん」

「はい、おはよう!」

 そう言って快活に笑う。

 見ていて実に気持ちのいい娘だなと思った。

 見た目は結構キツそうに見えるけど、そうではないのかもしれない。

 対人スキルの高くない俺は挨拶だけでもどもってしまうことが多々ある。

「あ……お、おはよう……春田君」

 もう一人、三上さんの傍に立っている少女が言った。

 俯き加減で声が小さく、なんとか聞き取れた。

 彼女も俺と同じで対人スキルはあまり高くないようだ。それともただ凄く恥ずかしがり屋なのか。彼女の顔は俯いていてよくは見えないが短い髪で隠れない耳は赤く染まっているように見えた。

「伊吹さん、おはよう」

 彼女の名前は伊吹沙代さよさん。学校で部活動中以外はいつも三上さんと行動を共にしているようだ。

 伊吹さんは三上さんと比べて……俺と比べても随分背が高い。

 それもそのはずで、彼女は女子バレー部(うちの学校のバレー部は相当強いらしい)で一年生にしてレギュラーになっている。

 バレー部らしく結構短いショートカットで、それでも女の子らしい可愛い髪留めを着けている。

 スポーツをやっていて身体も大きいながら、全然そうは見えないほどほっそりと繊細な体付きをしている。 

「あ、私委員長の仕事があるから、また後でね」

 三上さんはそう言うと、眠そうな顔を隠しもしないで地面に置いたバッグに座っている担任の方に歩いていった。

 残された俺と伊吹さんに会話はない。

 微妙に空いている俺と伊吹さんの距離が今の気まずさを物語っているんじゃないかと思う。近すぎず遠すぎず……いや、遠いか。結構。


 集合時間ギリギリになっても、今岡の姿はどこにもない。

 伊吹さんと二人、無言で気まずい時間が流れる。

「今岡の奴、まだ来てないの?」

 暫くして、生徒の数を確認する為にやってきた三上さん。

 そのとき、

「ギリギリセーフ! なんとか間に合ったぁ!!」

 息を切らして今岡が登場した。

「ギリギリすぎよ。もっと余裕をもって行動しなさい」

「昨日なかなか寝れなくてさ! 起きたらビックリ、集合時間の一〇分前。久しぶりに全力で走ったぜ」

「……遠足前の小学生か」

 呆れたように言う三上さん。

 その言葉に俺も少しドキッとしてしまう。

 俺も楽しみで寝れませんでした。

「これで揃ったわね。じゃあ私は先生に報告してくるから皆は先にバスに乗っちゃって」

 三上さんは再び担任の方へ歩いていった。

「あ〜いよ〜……はぁ。んじゃ乗ろうぜ春田」

 流れる汗を手で拭いながら今岡。  

「……ああ」

 朝から暑苦しいな、と思いつつ今岡と共にバスに乗り込んだ。

 後ろから控えめに伊吹さんもついてきていた。

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