第48話
朝から引くほどに高かった今岡のテンションも時間が経つにつれ、凄まじい勢いで下がっていった。わざわざ用意していた紙袋も悔しさのあまり握りつぶしてしまっていて、見るも無残な状態だった。
「畜生……ちく、しょぉっ……」
机に突っ伏し、紙袋を涙で濡らす有様だった。
滑稽を通り越して哀れにすら思えてきた。
「今岡……飯、食おう」
俺は今岡の肩を優しく叩く。
「…………うん」
弱々しく返事をした今岡は元気なく立ち上がった。
「ほら、チョコはないけどアリサさん手作りの弁当分けてやるから」
俺は弁当袋を掲げて今岡に見せるようにして言った。
「……ありがとう」
今岡は嬉しいのか悲しいのか、どうにも表現しがたい複雑な顔で笑った。
今岡は普段、弁当ではない。
そうなると大抵は購買か学食で買うことになる。
たまに朝、コンビニで買って持ってきてることもあるけど。
学食のときは俺も弁当を持っていってそこで食べる。購買とかのときには教室や落ち着けそうな場所を探して食べている。立ち入り禁止の屋上にも何度も行ったことがある……というか結構お気に入りだったりする。
今日は購買でパンを買い、屋上へ行くことにした。
天気も良いし、外に出れば気分も変えられるのではないかと思ったからだ。
屋上に出ると雲ひとつない晴天で、二月というのになかなかの暖かさだった。
「よし、食べよう! ほら、何が欲しい? 何でも良いぞ!」
俺は元気付けるように必要以上に大きな声で弁当の蓋を開けて言った。
「……たまご焼き」
「たまご焼きな。ほかには?」
訊きながら弁当箱の蓋におかずを載せていく。
元気がないくせに全てのおかずを少しずつとっていく今岡。
図々しいと思いながらも、それを言ってしまうと余計に落ち込みそうなので我慢してそれを渡す。
「それじゃ食おう。いただきます」
そう言って手を合わせる。
「いただきま――」
「やっぱりここにいたわね!」
拝むように、アリサさんの作ったおかずが載った蓋に手を合わせようとした今岡。そのとき大きな音で扉を開け屋上にやってきた人物は俺たちを見てそう言った。
やってきたのはクラス委員長である三上さん。その後ろに隠れるようにしている伊吹さんの二人だった。
「何か用?」
俺は手に箸を持ったまま二人に問いかけた。
「探してたのよ、あんたたちを」
三上さんは俺たちの前まで歩み寄ってきて不遜な態度で言う。
……なんだろう。
怒られるようなことをした記憶はないが……。
「まぁ探してたと言っても私じゃないけどね」
そう言って伊吹さんを前へ押し出す。
……伊吹さん? 伊吹さんがなんで俺たちを探すんだ?
「あ、そうなんだ」
状況が飲み込めなくて返事が素っ気無くなってしまった。
「ほら、早く」
「う、うん」
なにやら小声でひそひそ話す三上さんと伊吹さん。
「いきなりやってきて二人で話してんじゃねーよ! つーかチョコがないなら帰れよ!」
そんな二人を見て、なぜか今岡がキレた。
「は!? 何よその態度!」
それに対して今度は三上さんが怒る。
「うっせーよ! 食事の邪魔するってんならチョコぐらい持ってくんのが常識だろーがっ!」
そんな常識は聞いたことがない。
てか、それほどまでにチョコが欲しいのか。
「ふぅ~ん。そんなこと言って良いんだぁ?」
さらに怒るかと思ったが、三上さんは口の端を上げてニヤリと笑った。
「どういうことだ?」
「さぁ? どういうことかしらね」
鼻で笑う三上さん。
「もったいぶんなよ!」
「そういう態度とっちゃうんだ。じゃあもういいや。春田君」
「は、はい!?」
今岡と言い合っていた三上さんに突然呼ばれてドキッとした。
「これあげる」
そう言って渡されたのはラッピングなどしていないどころか値札までついた剥き出しの……チ○ルチョコだった。
「……あ、ありがとう」
まさかの、人生で初めての同年代の女子からもらうチョコに顔が熱くなる。そんな中でお礼を言えた自分を褒めてもいいんじゃないかと思う。
「チョ、チョコだと!?」
今岡は驚愕に目を見開く。
「そうだけど? というかバレンタインにわざわざ男子を探す理由なんてそのくらいしかないでしょ」
「お、おおお、俺、俺には!?」
「はぁ? あんな態度で貰えると思ってんの?」
維持の悪い笑みで手に持ったチ○ルチョコを見せびらかす。
「み、三上様! 先ほどは大変失礼しました。ワタクシ大変心がすさんでいましたのでなにとぞご容赦いただければと……」
なんかすごい低姿勢になった。
「ふん。そこまで言うなら恵んであげる」
今岡にチョコを渡す三上さん。
「わーい! チ○ルだーい好きっ!」
跳ね上がって喜ぶ今岡。
「あ、あの……は、春田……くん」
「……え、あ、なに?」
今岡を生暖かく見守っていると伊吹さんに呼びかけられる。
「あ、あの……私も……これ」
そう言って渡されたのは三上さんのとは比べ物にならないサイズの箱だった。リボンもついていて贈り物って感じのするラッピングだった。
「え、これ? もらっていいの?」
なんか凄くて貰うのを躊躇ってしまった。
「は、はい」
顔を真っ赤にしてうつむく伊吹さん。
「あ、ありがとう」
さっきと同じようなお礼になってしまったが何とか受け取った。
「お、俺には!? 俺にはないのか!?」
さっきまでチ○ルチョコを埋蔵金でも見つけたかのようなはしゃぎっぷりで喜んでいた今岡がいつの間にか隣にいた。
「あ、えと……今岡君の分は……あの、その……どうしよう」
段々と小声になってしまう伊吹さん。
そんな伊吹さんに三上さんが近づいていった。
そして、
「あの……これ、どうぞ」
伊吹さんが今岡に何かを手渡した。
「って、チ○ルかよっ!?」
絶望的な表情で叫ぶ今岡。
「よかったわね。大好きなんでしょ? チ○ル」
「うがぁ――――っ!
叫んで頭を掻き毟る今岡だった。
三上さんと伊吹さんが去った後、今岡は死んだ魚のような目をして「どうせ、俺なんか……うふふふふ」とうわ言のように呟いていた。話しかけても何の反応も示さない。
もうこれはちょっとやそっとじゃ立ち直れないのではなかろうか?
立ち直らせることができるのはやはりチ○ル以外のチョコしかないのか。
まだ午後の授業も残ってるのに、俺も今岡も帰宅部で帰り道だって同じ方向なのに……俺はずっとこんな調子の今岡の面倒を見なければいけないのだろうか?
「助けて……アリサさん」
俺は主人を敬わない口の悪い我が家のメイドに初めて心の底から助けを求めていた。
「お任せください」
ああ、幻聴まで聞こえて――
「ってアリサさん!?」
隣を見るとアリサさんがそこにいた。いつも通りのメイド服で。
「はい。アリサです」
「なぜここに!?」
「求められれば現れる。それがメイドです」
「そ、そうなんだ」
真顔で断言するアリサさんに俺はそう言うことしかできなかった。
俺との会話を終え、今岡に近づいていくアリサさん。
「今岡さん」
「あ、アリサさん!?」
死んだ魚のような目だった今岡の瞳に光が宿った。
「これ、宜しければお受け取りください」
差し出したのはなかなか大きな包み。
それは店でしてもらうよりも遥かに綺麗にラッピングされていた。
「バレンタインのチョコです」
受け取った今岡にそう告げるアリサさん。
「…………」
無言で受け取った包みを見る今岡。プルプル震えていた。
「よっしゃぁ――――っ!!」
いきなり叫ぶ今岡にちょっとびっくりした。
「ありがとうアリサさん! 一生の宝物にします!」
アリサさんの手を両手で包み宣言する。
「い、いえ……出来れば食べてください」
「とんでもないっ!」
「は、はあ……」
おお、アリサさんがうろたえている。
「早速帰って厳重に保管しなければ――というわけで俺は帰る。じゃっ!」
そう言って走り去っていく今岡。
「……まだ授業あるんだけど」
俺はその背中を見つめてそう呟くことしか出来なかった。
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