第13話
八月の中旬。
世間ではお盆と言われている時期であり、会社が休みの皆さんは里帰りして先祖の供養をするのが一般的である。
そして、それは夏休み真っ只中の学生にとっては実に詰まらない行事でもある。
大抵の若者は先祖の霊を供養してやる気持ちなんて持ってなかったりするものだ。付き合いの薄い親戚連中と顔を合わせなければならないのも面倒である。
そんなことよりも友達と遊びたいというのが本音であると思う。
まあ、でも……本音はそうであっても、久しぶりに会う祖父母なんかから小遣いを貰えるかもしれない、そんな密かな期待を胸に嫌々ながらも親に付き合う。
中には違う考えの人もいるかもしれないが、概ねそんな感じの人が多いだろう。
だけど、そんな規制ラッシュや墓参り等とは無縁な人間もいる。
例えば俺だ。
帰る実家もない。
敢えて言えば、今住んでいるこの家が実家とも言える。
それに墓参りの墓。どこにあるのかも知らなかったりする。
墓参りとか生まれてこの方、行ったことがない。
結局何が言いたいのかと言えば……
「暇だ」
何気なく、ほとんど無意識に呟いたその一言に集約される。
ただただ暇だった。
ファミレスで色んなことを相談した日から、それまで以上に良くうちに遊びに来るようになった今岡も最近は来ない。母方の実家に行っているらしい。
アリサさんは結局、あの日から帰ってきていない。
出て行ったのだから帰ってくるはずもないんだけど。
アリサさんが出て行ってから、もうすぐ一ヶ月になる。
この一月で分かったことがいくつかある。
まず一つ目、俺は料理が壊滅的に下手だった。
レシピを見てその通りに作ってるはずなのに全然違うものになってしまう。真っ黒に焦げているのに中は生だった……とか。とても食べれるものじゃない。
二つ目は掃除だ。
俺が綺麗に掃除したつもりでいても実はただゴミを目につかないようにしているだけで根本的な解決になってなかったり。
他にも小さいことだが色んな問題がある。
例えば、目覚ましをセットして寝たはずなのに気がつけば昼をとっくに過ぎている時間になっていたりなんてこともあった。
たった一ヶ月でこれだけ問題があることに気付いたんだから、学校が始まれば、さらに問題が増えるのは間違いない。
思い返すと自分が情けなくなってくる……というか、こんなことでは将来が心配になってしまう。
「お〜っす。生きてるか〜?」
アリサさんの居ない夏休みを振り返って、自分自身に落ち込んでいると玄関から今岡の声が聞こえてきた。
「上がってくれー」
俺は部屋の中から玄関に聞こえるぐらいの声を出した。
足音が部屋に近づいてくる。
「帰ってきたぞ。これお土産な」
部屋に入ってきた今岡はそう言って袋を差し出してきた。
「ありがとう……ってこれ近場の駅で買えるやつじゃないか」
お土産ってもっとこう……行った場所にちなんだ物とかじゃないの?
今岡はそれに答えず、勝手に座布団を持ち出しそれに座る。
「相変わらず……アリサさんは帰ってきてないみたいだな」
「見りゃ分かるだろ……」
「まぁな。つーかお前、痩せたな」
今岡は俺を見て言った。
確かに……この一ヶ月で俺はかなり痩せた。
自分でもすぐに気付くぐらいの変化ってのは相当なもんだと思う。
一言で表せば正に『激やせ』だった。
食べてはいるはずなんだけどな……。
「今日は外に食いに行こうぜ。安くてガッツリ食えるトコ知ってっからさ」
「そうだな」
俺は即決で今岡の提案に乗ることにした。
弁当ばかりで飽きていたからな。
今岡に案内された店は確かにリーズナブルで、尚且つかなりのボリュームのある食事を楽しめた。
味はまあ……ギリギリ及第点か。
アリサさんの料理に慣れてしまったからか、外食も弁当もあまり美味しいとは思えなくなってしまっていた。
最近、そんなことを良く考えるようになった。
キツイことを言われるぐらい我慢しても良かったんじゃないかと。
それ以上にアリサさんのしてくれていた仕事は凄いことだったんじゃないだろうか、と。
追い出そうと画策したことも今では少し……ほんの少しだけ後悔している、こともないこともない。
もし戻ってきてくれたなら……謝るのも吝かではない。
そして、その時は少しのことぐらい我慢しよう。
もし帰ってきたら、部屋を覗こうとしたことも謝ろう。
多分、それが原因だろうから。
だから……出来れば帰ってきて欲しい……なんて思ったり。
今岡と別れた俺は家へと向かっていた。
曲がり角を曲がると家が見える。
――そのとき、見えた自分の家がいつもと違う雰囲気を醸し出していた。
正確に言えば、家の電気が点いていた。
家を出た時はまだ暗くはなかったから電気は点けてなかったはず。
なら……家の中に誰かがいる?
俺の足は無意識に速くなっていた。
玄関を開けるとリビングからテレビの音が聞こえてきた。
そして、玄関には女物の靴が――。
俺は急いで靴を脱ぎリビングへ向かった。
ドアを開ける。
ソファに寝そべって煎餅を齧りながらテレビを見る女性がいた。
「……あ、ウィーッス」
「ウィーッス……って、ウィーッス!?」
反射的に同じように返事をしてしまったが、そんなチャラい感じの挨拶をした人物を見て我が目を疑った。
俺に気付き顔だけをこちらに向けて軽い感じで片手を上げたその女性は……アリサさんだったのだ。
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