第70話 信じて

私の名は高千穂恵梨香たかちほえりか

3歳の時に両親が死んでしまって、それからは施設で暮らして来た。


だから私は両親の事をほとんど覚えていない。

辛うじて、面影だけが記憶にある程度だ。


「エリちゃん!キャンプ楽しみだね!」


同じ施設で同室の友達。

美香ちゃんがベッドから顔を覗かせ、笑顔でそう言って来る。


施設で暮らしている子達は親が居ないか、捨てられた様な境遇ばかり。

彼女は親に放置され、この施設へと引き取られたそうだ。


「うん、楽しみだね」


「新しいお友達出来るかな」


明日は他所の施設の子供達と合流してのキャンプだった。

美香ちゃんは楽しみで仕方ないと言った様子だ。

かくいう私も凄く楽しみ。


「きっといっぱいできるよ」


翌日のイベントへの思いで胸いっぱいにして、私達は眠りにつく。

まさかそのキャンプが、私達にとって地獄の入り口だったとも知らずに。


◇◆◇◆◇◆◇


「ここは――っあぁ!?」


キャンプの際中、急に体が重くなって私は眠ってしまう。

そして目覚めた時、私はベッドの上に寝かされていた。

体を動かそうとすると、全身に焼ける様な激痛が走って悲鳴を上げる。


何が起こっているのか分からなかった。

手足は何かで縛られている様で、全く動かせない。

口にも変な物が付けられていてる。


「だ、誰か……痛い……痛いよぉ……」


「助けて……」


「ううぅ……」


悲鳴に近い声を上げていると、周りからも同じ様な声が聞こえて来た。

どうやら私以外の人もいる様だ。


痛みを堪えて必死に視線を動かすと、横のベッドに美香ちゃんの姿が見えた。

その奥にも、別の子供が寝かされている。

そっちは知らない子だ。


「み、美香ちゃん……」


「恵梨香……ちゃん……」


彼女も気付いて此方に顔を向ける。

その顔には汗がびっしり浮かんでおり、酷く苦しそうだ。


彼女の側に行ってあげたいけど、私は拘束されており、仮令そうじゃなかったとしても痛みでそれどころではなかった。


「美香ちゃん……みか……ちゃん……」


全身を襲う痛みに耐えながら、私は唯々、彼女の名を呼ぶ事しか出来なかった。

その内意識がもうろうとしてきて、私は気を失ってしまう。


「……」


――気がついたら、痛みは消えてなくなっていた。


「痛みが……あっ!そうだ美香ちゃん!!」


気を失う前の事を思い出し、私は慌てて視線を横のベッドへとやる。

だが、そこには美香ちゃんの姿はなかった。


「美香ちゃん!?美香ちゃん何処に行ったの!?」


気を失っている間に美香ちゃんが消えてしまった事にパニックになった私は、拘束されてる事もお構いなしに体を動かした。


そんな事をしたって、拘束が解ける訳もない。

だけど――


「へ?え?あれ?」


ブチリと乾いた音が響き、手足の拘束があっさり解けてしまう。

思わぬ事にハッとなった私は、慌てて体を起こして自分の手足を確認する。


手首と足首には太いベルトの様な物が巻き付けられていて、それとベッドを括りつけていた物が見事に千切れていた。

触ってみると、凄く硬い平らな布で、それは私の力でどうにかなる様には到底思えない太さだった。


傷んでいたんだろうか?

ううん、そんな事はどうでもいい。

今は美香ちゃんだ。


「美香ちゃん!どこにいるの!?」


私は体についていた変な物や点滴を無理やり外してベッドから立ち上がり、周囲を見渡して声を張る。


だが、周りにはベッドがいくつか並んでいるけど、その全てが空の状態だった。

誰も見当たらない。


「いない……そもそも、此処はどこなの……」


此処にいないなら、どこか別の場所に違いない。

そう考えた私は部屋から出ようと扉にむかう。

けど――


「ノブが付いてない……どうやって出たらいいの」


スライド式の、金属製の扉は開け方が分からなかった。

何とか開けられないかと周囲を探してみるけど、何も見つからない。


「どうしよう……」


「目覚めたみたいね」


部屋から出られずおろおろしていると、急に扉が開いて白衣の女性が入って来る。

その背後には、長い棒を持った大きな身体つきの男の人達が二人並んでいた。

女の人は笑顔だけど、後ろの男の人達は怖い顔で私を睨みつけて来る。


「私は松戸才恵まつどさいえ人蛇ラミア計画のチーフよ」


「あ……貴方が私を此処に連れて来たんですか?美香ちゃんはどこですか?」


私は先頭の女性――松戸才恵に恐る恐る尋ねた。

自分の置かれた状況や、美香ちゃんの事が知りたくて。


「あらあら、質問攻めねぇ。まあ私は優しいから答えてあげるわね。連れて来たに関しては……イエスよ。正確には、私個人じゃなくて所属する会社が、だけど。」


松戸才恵が、チラリと自分の背後の男性達を見る。

その二人。

もしくは、その二人の関連の人が私や美香ちゃんを連れて来たと言いたいのだろう。


「で、美香ちゃんって子だけど……名前で言われても私にはわからないわねぇ」


「み、美香ちゃんは私の横のベッドで寝てた子です。どこに行ったか……教えてください」


「ああ、この部屋にいたの?じゃあ残念だけど、その子はもう死んでるわね」


「……え?」


今、なんて言ったの?

死んだって言ったの?

美香ちゃんが?

え?

死んだ?


「じょ……冗談……ですよね?」


美香ちゃんが死ぬわけがない。

そうだ、悪い冗談に決まっている。


「ふふ、私は誘拐犯の一味なのよ?そんな子供みたいな嘘、吐く訳ないじゃない。あ、先に言っておくけど……この部屋にいた他の子供達も全員死んでるわよ。たぶんその美香って子の他にも、貴方と一緒の施設にいた子もいたんじゃないかしら?貴方のいた施設の子達は全部、この研究所に連れて来られてる筈だし」


松戸が、淡々と私にそう告げる。


「そんな……美香ちゃんが……それに……他の皆も……」


美香ちゃんだけじゃなく、他の皆もいて……

それで……


松戸の答えに、血の気が引いて私の足元がふらつく。


「なんで……なんで……」


「なんで死んだのかって?人体実験に適応できなかったからよ。私もまさかこんなに死んじゃうとは思わなかったわ。50人もいたのに、第一段階でたった21人しか残らなかったんですもの。ほんと、使えないゴミばっかで苦労しちゃう。まあいいわ、場所を変えるから付いて来なさい」


「人体実験……ゴミ……」


「どうせ施設出じゃ、社会の底辺を這いずるだけでしょ?そう言うのをゴミって言うのよ。感謝して欲しいわね。そんな存在価値のない子達に、世界の発展に貢献するっていう役割を私達は与えて上げたんだから」


この人は何を言っているのだろうか?

私には理解できなかった。

分かっているのは、この人達が美香ちゃんや他の人を殺したって事だけ。


それまでは事態が上手く呑み込めなくてただ唖然としてただけだったけど、胸の奥からどうしようもない程の怒りが込み上げて来る。


「よくも……よくも……」


美香ちゃんや皆はゴミなんかじゃない。

皆優しくて、一緒にいると楽しくて、私の大事な友達だった。

他より恵まれない境遇だったからって、人に馬鹿にされる謂れなんかなかったんだ。


――それなのにこの人達は、勝手な理由で皆を殺した。


「美香ちゃんは!皆は!!ぎゃっ!?」


怒りに任せて飛び掛かろうとすると、背後の男の人達に手に持っていた黒い棒を押し付けられた。

その瞬間、全身に痛みが走って視界に火花が散る。


「う……うぅ……」


痛みで体が動かない。

そんな私を、松戸が嫌らしい笑顔で見下ろして来る。


「あら、驚いたわ。この段階で自力で変異出来てるなんて……この子は期待できそうね。連れて行って頂戴」


――そこからは地獄だった。


毎日変な薬を飲まされ、痛い実験を繰り返される日々。

しかも、次第に自分の体が人間以外の物に変わっていく事の恐怖。


こんな苦しい思いをするのなら、いっそ早く死にたい。

そう思っていた。


でも……死ぬのは怖い。


怖くて怖くて仕方がない。

だから自分では死ねなくて。

唯々苦しみに耐える日々が続く。


「三人にまで減っちゃったわねぇ。まだ最終段階まで行ってないってのに……困ったわぁ」


私と同じ状態の子が最初は20人以上いた。

でも一人、また一人死んで行って。

気づいたら、生きているのは3人にだけになってしまっていた。


――そんなある日、研究者の一人が私にこう言った。


「私が君達を助ける。だからもうしばらく辛抱してくれ」


と。


散々私達を苦しめて、殺してきた人が何を言っているのか?


当然そんな言葉を信じられる訳がない。

だけど、その人は本当に私達をあそこから連れ出してくれた。

そして怪我をしているのに、一人、囮になるため車を発車させる。


「ありがとう……」


去って行く車をへと、もう一度お礼の言葉を口にする。

あの人のやった事は、助けて貰ったからと、到底許せるせる様な事じゃなかった。

けど、それでも助けて貰ったのは事実だから。


「さあ、行こう!」


年長の私は一緒に逃げ出した二人——青田翔あおたしょう君と加賀詩真矢かがしまやちゃんに声をかけて斜面を登る。

そして地図を頼りに、山中にある洞窟へと向かった。


幸い、幸いと言っていいのか分からないけど、私達には方向感覚が狂わない処置が施されているので、迷う事は無かった。

そして洞窟の狭い隙間に身を隠し、そこで新陳代謝を極限まで落として休眠に入る。


何年かここで過ごせば、帝真グループも探索を諦めるだろうという田所博士の言葉を信じて。

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