第58話 黒髪

「ごたごた……ね」


……爺さんがいなくなったから、その遺産争いって所かね。


風早剛一郎の体は燃やして処分しているので、当然死体は出ていない。

そう考えると少々早い気もするが、何せ車をぶっ壊す様な相手に護衛ごと誘拐されてる訳だからな。

その後何も要求がない事を考えると、早々に奴が死んだと判断する方が合理的といえるだろう。


むしろこの状態で生きてたら、逆にびっくりである。


「話によると……風早の親父さんが行方不明なんだってさ」


「父親?」


エミの言葉に眉を顰める。

俺が攫ったのは祖父である剛一郎であって、名も知らない風早の父親ではないからだ。


ひょっとして、攫った護衛の中に風早の父親が混じってたとか?

そんな感じはなかったと思うんだが……


「風早の親父さんって、風早グループのトップだったろ?だからまあ、跡目争いっぽい感じだな」


風早の父親がグループのトップ?

ますますわからん。


「風早グループのトップは、風早剛一郎じゃないのか?」


「そうそう、その人が風早の親父さんだよ」


「え?」


風早剛一郎の息子。

て事は、風早は山田のお袋さんの弟って事か?


まさかの山田の叔父とは。

随分と年の近い叔父甥である。

まあ別にどうでもいい事ではあるが。


「壮太はけっこう歳行ってから出来た子なんだってさ」


「ふーん……」


「ま、そんな事はどうでもいいじゃん。全部終わった話!という訳で……あたし達の新チームの立ち上げにカンパーイ!」


「カンパーイ!」


エミとショーコが席に着き、ジュースカップ片手に乾杯とほざき出す。

こいつらの頭の中はどうなってるんだろうか?


「立ち上げるのは結構だが、なんで俺らがお前らのチームに入らにゃならんのだ?」


「違う違う。安田がリーダー。で、アタシらがそこに入る形」


「そうそう」


チームを立ち上げた覚えも、誰かに許可した覚えもないんだが?

アホの考えは理屈を超えるな。


「寝言は寝てから言え。そういったもんに興味ねーよ。チームつくりたいんなら、自分達だけで作れ」


「おいおい、そう言うなよ。これはクラスの為でもあるんだからさ」


「そうそう。チームはクラスの浮いてる連中が入る予定だし」


「いや意味が分からん」


浮いてる奴らはそのまま浮いたままでいいだろうが。

俺が必要もない受け皿のトップをする謂れなどない。


「ちっちっち、分かってないなぁ」


ショーコが立てた人差し指を横に振る。


「ウィングエッジが解散して、かっちゃんとかの主要メンバーが学校やめちまったから……当然、学校は荒れるぜ。何せ今まで有象無象を完璧に抑えてた、最大派閥が消えてなくなっちまった訳だからな」


うちの高校は、低能な不良の吹き溜まりみたいな学校だからな。

何も考えてないアホ共なら、まあ確かに、トップがいなくなったのを良い事に世紀末ごっこを始めてもおかしくはない。


が――


「それが俺に何の関係があるんだ?」


「こういう時はクラスで団結しとかないと、色々ウザったいのに絡まれちまうからさ。だから安田にトップになって貰って、チーム作ろうって話になったんだよ。クラスの奴らは概ね賛成してるぜ」


何故その話し合いの場に俺がいないのか。

これが分からない。


どう考えても俺の意見を聞かないと駄目な話だろうに。

これだから馬鹿どもは……


「そんな嫌そうな顔すんなって。みんな安田を頼りにしてるんだからさ。山田だって、変な奴らに絡まれたくないよな?」


エミが山田に話を振る。

コイツらからみたら、いじめられっ子だからあぶないと言いたいのだろう。


だがタリスマンがある限り、学校で山田を傷つける事が出来る奴などいない。

見るからにパワータイプで、ナンバー2だったギャオスですら突破不可能な防御な訳だからな。


「あ……いや、そうだね」


エミに尋ねられ、山田が困った様な顔で俺の方を見て来た。

まあタリスマンの事は話せないからな。

答えに困ってもしょうがない。


「山田は俺の友人だぞ。手を出して来たら、俺が地獄を見せてやるから問題ない」


「かっけぇ!流石安田!」


「うんうん、さっすが安田。という訳で……その調子で友人であるあたし達やクラスの事も頼むよ。な、な」


「……」


こいつら……


「安田だって、クラスの皆が毎日怪我したりしたら嫌だろ?」


「果てしなくどうでもいい。そもそも俺や山田が周りから揶揄われたりしてた時、クラスの奴らは俺達に何かしてくれたのか?」


自分達は俺達を軽視していたくせに、状況が変わった途端寄生しようとか考えが甘すぎだろうに。


「それはまあ……皆ちょっとした悪ふざけって奴でさ」


「お前らがどういった考えだったかなんて、知った事かよ。俺達がどう判断するか、だ」


まあぶっちゃけ、俺は25年経っているのでその辺りの事はあんまり覚えていないからどうでもいいってのが本音だが、山田はリアルタイムで豚丸呼ばわりされてる訳だからな。

それを考えると、俺がクラスの連中を庇護する等ありえない話だ。


「俺は……その、気にしてないよ」


まさかの山田の発言に、俺はびっくりする。


どんだけ良い人なんだよ。

聖人君子か、お前は?


「ほら!山田も気にしてないって言ってるしさ!」


「皆も絶対反省してるからさ!」


その尻馬に乗っかり、エミとショーコがまくし立ててくる。

押し切る気満々だ。


「はぁ……仮にもお前ら不良だろうが。キラキラした頭しやがって、他人に絡まれるのが嫌なら……」


黒髪にでもしろよ。

そう言おうとして、ピーンと名案が思い浮かんだ。


適当に断っても、絶対しつこく言い寄って来るのは目に見えている。

ならここは、相手が飲めそうにない無茶な条件を出して追っ払うとしよう。


「そうだな。チームのリーダーになってもいいぜ」


「お!本当か!」


「やった!」


いきなり不自然に意見を変えたにもかかわらず、エミとショーコが大喜びする。

普通は勘繰る所だが、ほんと何も考えずに生きてるってのが伝わって来る。

クルクルパーどもめ。


「但し……ぶっちゃけ、俺は不良が嫌いだ。だから真面目な奴。黒髪の奴だけチームとやらに入れてやる。それ以外の奴は我が道を行くんだから、自分の身は自分で守って貰う」


「く、黒髪……」


「そりゃ厳しいよ安田」


「厳しくもなんともねぇよ。そもそも校則に黒髪って書いてあるだろうが」


校則を守るだけ。

そう、校則を守るだけだ。

真面目な人間からすれば、息をするぐらい簡単な誓約である。


だが、派手に目立ち反抗する事を良しとする不良共からすれば、キツイ縛りになる事だろう。

エミとショーコの反応からも、それがよくうかがえるという物。


「とにかく、俺がチームを作って庇護下に入れるのはそれが絶対条件だ。それが出来ない奴等の事なんざ知ったこっちゃない」


「せ、せめてあたし達だけでも……」


「ダメだ。例外はない」


「う……」


「……」


何がせめてあたし達だけでもだよ。

何をってして自分達が俺にとって特別だと思っているのか、全く理解できん。


「じゃあ食おうぜ山田」


二人が静かになったので、テーブルの上にある物を山田と遠慮なく頂かせて貰う事にする。


「えーっと……食べていいの?これ?」


顔を顰める二人を見ながら、山田が気まずそうにそう呟いた。


「あ、ああ遠慮せず食ってくれ」


「か、快気祝いだしな」


山田の言葉に、二人は顔を顰めたままでそう答える。

名目が快気祝いである以上、チームに入れないからって食うなとは言えんだろうからな。

当然だ。


「じゃ、じゃあ遠慮なく頂くよ。ありがとう。田沢さん。柏木さん」


「お、おう」


「まあ腹いっぱい食ってくれ。ははは……」


俺達が食ってる間、エミとショーコはスマホと延々睨めっこだ。

たぶんクラスの奴らとやり取りでもしてるんだろう。


「ご馳走さん」


気まずい空気だったので――俺は全く気にしないが、山田は居心地が悪そうだったので――ある程度食べた所でさっさと店を出る。


「なんか……いや、なんでもない」


山田はきっと、二人が可哀想だと言いたいんだろうな。

無駄に優しい性格しているから。

それを口にしないのは、俺が嫌がってる事を理解しているからだ。


忖度という、あの二人に無い物を持ち合わせる山田。

流石俺の友人だけはある。


「ま、選択肢は用意してやったんだ。それが気に入らないなら気にする必要はないぞ」


まあ選択肢とはいっても、事実上シャットアウトな訳だが。


「だいたいさ、校則ぐらい普通に守れってんだ」


「ま、まあそれは正論だね」


これでしばらくはあの二人が絡んで来る事は無いだろう。

そんな風に考えながら、俺は山田と帰途に就いたのだが――


翌日登校したら、クラスの過半数が黒髪になってた。

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