第72話 誕生日

「安田。今週の日曜日、誕生日なんだろ?ダークソウルで盛大にパーティーを――」


「断る!」


山田から俺の誕生日を聞き出しでもしたのだろう。

エミが馬鹿な提案をして来たので、食い気味に力強く却下する。


「なんでだよ」


「その日は出かける予定なんだよ。何が悲しくて、休日までお前らの顔を見にゃならんのだ」


「え!?ひょっとして安田って彼女いんの!?」


「いねーよ」


誕生日に出かける、イコール彼女とか、本当にこいつは下世話な思考の女だ。

その日は山にハイキングに出かける予定である。


そう!

母さんと誕生日ハイキング!


え?

何で誕生日に山に登るのかだって?


実は母さん、特殊な神を祭る巫女の家系らしいんだ。

まあもうそういう仕事自体は無くなってるんだけど、社だけは残ってて。

で、誕生日に登る予定の山にその社があるって訳だ。


なので正確には、ハイキングじゃなくお参りだな。


なので、毎年俺の誕生日には、その山に登ってお参りするのが我が家の習わしとなっている。


因みに、誕生日が平日の時は学校を休んででも行ってるので、母さんは先祖代々の宗教をかなり大事にしてる様だ。


「じゃあ何だってんだ?」


「一々詮索するな。それと、誕生日プレゼントは受け付けてないから渡すなよ」


どうせこいつらからのプレゼントなど、下らない物に決まっているからな。

なにより、受け取ってしまえばお返しをする必要が出て来る。

俺の貴重な小遣いを、そんな事で無駄遣いするなどありえん。


「渡してきた奴はもれなくぶん殴るから。冗談抜きで本気で」


「わあったよ。全く……」


そして時間は過ぎ、遂に楽しい楽しい誕生日になる。


「はい、お誕生日プレゼントよ」


母さんから貰ったプレゼントは新品のスマートフォンだった。


「ありがとう母さん!」


じつは子ゴリラこと、相田から手に入れた事は母さんには言っていない。

友達から貰ったと言うには、流石に高額だからだ。

なので、スマホは母さんには隠してあった。


「ありがとう母さん!」


「ふふふ。孝仁ぐらいの年頃だと、ないと不便でしょ。次は壊しちゃだめよ」


「うん!気をつけるよ!」


前のは相田の奴に壊されている。

あの時は無力だったが、今の俺は違う。

このスマホは必ず守り通して見せる。


思い出したらなんか腹が立ってきたので、明日登校したら相田をぶん殴るとしよう。


「じゃあ行きましょうか」


俺は母さんと一緒に出掛け、参拝という名のハイキングに向かう。


――険しい山道。


「孝仁、大丈夫?」


すたれた社に出向く人間などいないためか、山道は舗装などほぼない状態。

しかも急こう配や岩を登る様な道さえあるので、一般人がこの山に登るのはかなりきついはずだ。

にも拘らず、母さんはそんな山道をすいすいと進んで行く。


そういや母さん、すっごい足腰強かったんだよなぁ。

さっすが母さん。


「大変なら母さんの手を握る?」


25年前の事はよく覚えていないが、少なくとも当時の俺だったらこの山を登るのは相当きつく感じていた筈。

別に運動が出来てた訳じゃなかったからな。

だから母さんは俺の事を心配して、そう言ってくれる。


とは言え、俺はもう昔の俺ではない。

こんな山如き、その気になれば軽くひとっ飛びする事だって余裕だ。


……まあしないけど。


「大丈夫だよ、母さん。もう僕も高校生なんだから。なんだったら、僕が母さんの手を引いてあげるよ」


「ふふふ、じゃあお言葉に甘えようかしら」


「任せてよ」


母さんの手を引いて今の自分がいかに逞しいかアピールしつつ、山を登る。

目的地の社はそれ程大きくはなかったが、殆ど人の出入りがないとは思えない程綺麗に整備されていた。

ひょっとしたら、母さん以外の誰かがここを管理しているのかもしれない。


「そう言えば母さん。ここに祭られてる神様って、なんて神様だったっけ?度忘れしちゃって……」


「あら、忘れちゃったの。もう、しょうがない子ね。この社に祭られてるのはヌグアサ様よ」


「ああ、そうそう。ヌグアサ様だったね」


日本の神様っぽくない名だが、まあどうでもいいか。


賽銭箱はないが、鈴とそれを鳴らす紐はあるので、それを鳴らして俺はお祈りする。

ひたすら母さんが長生きします様に、と。


その後境内でシートを敷いて昼食をとる。

因みにケーキは家に帰ってからだ。

流石に山に持ち込んで食べる訳にも行かないからな。


「ごちそうさまでした。スッゴク美味しかったよ母さん」


「お粗末さまです」


さて、じゃあ山を下りようかとした所で――


「ん?」


――破裂音の様な物が聞こえて来る。


銃声っぽいな……


音はかなり遠くの物で、母さんは気づいていない。

俺が気づけたのは、一応山は物騒だからと神経を尖らせていた為だ。


「どうかしたの、孝仁」


「ああ、うん。母さんごめん。もよおして来たから、おっきい方して来るね」


そう言って俺は社を離れた。

神聖な社の近くで出す訳にも行かないという名分のもと。


「ほっといても問題はないとは思うんだが……」


銃声はかなり離れた場所から聞こえて来た物だ。

とは言え、それが下山中の此方に近づいてこないとも限らない。

なので処理しておく。


魔法で闇を纏い。

空を飛んで音のする方へと向かう。


「ふむ……」


目に入って来たのは、人外たちの追いかけっこだ。

まあ人外と言っても、魔力は感じないので魔物ではない様だが。


追われているのは、子供っぽく見える人蛇ラミア——そいつは、更に小さなラミアを両脇に抱えている。


そしてそんなラミアを、人狼ワーウルフっぽい奴らが追いかけていた。

笑って銃を乱射しながら。


一応人間みたいだな……


姿形は異形だが、魔法で種族を調べたところ人間だという事が判明する。

きっと改造人間か何かだろう。

多分。


「敢えて接触する必要はないんだが……」


ルート的には、下山に割り込こんで来る心配は無さそうだった。

こっちにも気づいてもいない様なので、放置するのが一番無難な選択と言えるだろう。


だが――


「不快だな」


――俺は吹き飛ばされたラミアの前方に着地する。


必死に逃げ回る子供に銃を撃ち、追いかけ回す大人。

見ていて不快極まりない。


折角の楽しい誕生日の気分を台無しにしてくれたのだ。

その素敵な誕生日プレゼントには、やはりお礼をしっかりしておくべきだろう。


「しに……がみ……」


倒れている女の子が顔を上げ、俺を見てそう呟いた。


誰が死神だ。

誰が。


まったく、失礼な話である。

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