第71話 死神
でも……
休眠状態に入って数日程が経った頃、私の体にあるピット器官と呼ばれる部位が人の接近を感知する――これは蛇の持つ、熱を感じ取る能力。
「エリおねぇちゃん……」
私と同じ能力を持つ二人も、その存在に気付いて慌てて起き上って来る。
入って来たのが少人数なら、ただ単に誰かが迷い込んで来た可能性もあった。
でも違う。
私は10人以上の人の熱を感知している。
間違いなく追手だ。
「逃げよう」
博士は万一追手に見つかった場合に備え、内部が入り組み、複数の出入り口がある洞窟を逃亡先に選んでくれていた。
その為の地図も渡されているので、私達は接近する人達と遭遇しないルートを通り外に脱出する。
「ついて来てるよ!?」
洞窟を脱出しても、その熱源は正確に私達の後を付いて来る。
どうやら動きが把握されている様だ。
――そしてその速度は驚くほど速い。
そんな私達に追いつけるって事は、ひょっとしたら、追って来てるのは私達みたいに改造された人達なのかもしれない。
「私がここに残って足止めするから、二人は逃げて」
追手の熱は、もうすぐそこまで私達に迫っていた。
逃げ切るのは不可能だ。
なら私が足止めするしかない。
――だって、この中では私が一番お姉さんだから。
相手も普通の人間じゃないから、時間を稼げるのかという不安はあった。
でも私は松戸博士が認める程身体能力が高い。
そして何より……あの薬がある。
薬を使えば、きっと足止めぐらいはできるはず。
「だめだよそんなの!」
「一緒じゃなきゃやだ!」
「このままじゃみんな捕まっちゃう。だから……」
「いやだよ!もうどうせ逃げきれないんだ!おねぇちゃんと最後まで一緒にいる!」
「私も絶対離れない!」
二人は私にしがみ付いたまま動こうとしない。
その間も、追跡者はどんどんと距離を詰めて来る。
「わかった……」
私は二人を説得するのを諦めた。
よくよく考えてみれば、こんなに簡単に見つかってしまっているのだ。
二人を逃がしても、きっと直ぐ捕まってしまうだろう。
それなら最後まで一緒に……
「最後まで一緒だよ……」
私は懐から薬を取り出し、それを服用する。
田所博士から、万一の時用に渡されていた薬だ。
――肉体のリミッターを外す薬。
――そしてこれを使えば、使用者は確実に死ぬ。
このまま捕まれば、待っているのはまたあの地獄だ。
ううん、逃げ出した事を考えると扱いはもっと酷くなるかもしれない。
どうせ長くは生きられないのだから、ここで死ぬ事を私は――いえ、私達は選択する。
「うん」
「最後まで一緒だよ」
「これを……」
二人が私から受け取った薬を服用する。
「鬼ごっこはもうお終いでいいのかぁ?」
毛深い姿の女性を先頭に、同じ様な姿の集団が現れる。
犬っぽく見えるので、きっとそれ系の能力を与えられた人達なのだろう。
「つまらないねぇ。折角殺しても構わないって命令されてんのに、簡単に諦めて降参しちまうなんてさぁ。拍子抜けも良い所だよ」
「まったくだ。そんなんじゃあ……こいつも浮かばれねぇだろうよ」
男の人が鋭い爪の生えた手で掴んでいる物を、此方に見せつける様に前に突き出す。
それは真っ黒に焦げた――
「「「——っ!?」」」
――人の頭部だった。
焦げてしまっていて顔はよく分からない。
だけど、たぶん、田所さんだ。
「無駄死にしちまったなぁ、おい。余計なことしなきゃ、死なずに済んだってのによぉ」
その男の人が、田所さんの頭をお手玉の様に弄ぶ。
なんでそんな事が出来るのか?
研究所の人達だってそうだ。
どうして私達にこんな酷い真似が出来るのか?
私達が何をしたっていうの……
「かけっこ……かけっこしよう……」
「うん……」
「おねぇちゃん……」
「いくよ!」
私は踵を返し、二人の手をしっかり握ってその場から逃走する。
薬を飲んだ以上、私達は死ぬ。
だから逃げる意味はなかった。
だけど我慢できなかったのだ。
あんな人達が側にいる事が。
だから残り僅かでも逃げる。
幸い私達の能力は薬で上がっているから、振り切る事だって出来る筈だ。
「待て!」
慌てて追いかけて来るが、予想通り距離は開いていく。
このまま逃げ切り。
最後は静かな場所を見つけて、そこで――
「きゃあっ!?」
――パーンという破裂音が響いて、真矢ちゃんが悲鳴を上げる。
慌てて彼女を見ると、右肩が大きく抉れているのが見えた。
腕は辛うじて繋がっているような状態で、傷口からは大量の血が噴き出している。
「真矢ちゃん!」
私達の改造された体は強靭で、特に蛇状態になれる下半身を覆う鱗は鋼より硬いそうだ。
だけど人の形のままの上半身は、そこまでじゃない。
だから上半身を銃なんかで狙われると、大怪我をしてしまう。
動きが遅くなった彼女を、私は強引に引き寄せ抱え込んで逃げる。
「おねぇちゃん……今度生まれ変わったら、おねえちゃんと本当の姉妹になりたいなぁ……」
「しっかりして!」
よく見ると腹部も血まみれになっており、真矢ちゃんの意識は朦朧としていた。
もう彼女は走れないだろう。
でも、置いて行ったりはしないよ。
最後まで一緒だって約束したから。
再び銃声が連続で響き、今度は翔くんが悲鳴を上げる。
私自身も背中に激痛が走る。
「おねぇちゃん……痛いよぉ……」
「翔君!」
力の抜けた翔君の手を引き寄せ、彼の事も抱える。
「はははは!逃がしゃしないよ!!」
二人を抱えた事と、何度も背中を銃で撃たれたせいで速度がおち。
どんどん後ろから
「……」
腕の中の二人はもう息をしていなかった。
私がまだ死んでいないのは、一番体が丈夫だったからに過ぎない。
それももう、限界だ。
「ぁぁ……」
急激に体から力が抜けていく。
銃で撃たれ過ぎて体に限界が来たのか、それとも薬の影響なのかもわからない。
視界が霞み。
息が苦しい。
「チェックメイトだよ!」
背中に強い衝撃が走り、体が前に吹き飛ぶ。
そのまま私は地面に倒れ込み、身動き一つ取れなくなってしまう。
ああ、死ぬんだ。
これでやっと、楽になれるんだ。
――その時、声が聞こえた。
「不快だな」
その声が酷く気になって。
私は最期の力を振り絞って、地面にうずもれていた顔を上げて声の方を見る。
そこには、全身が真っ黒――まるで闇その物であるかの様な、人型の何かが居た。
この世の物とは思えないその姿から、私はある存在を思い浮かべる。
「しに……がみ……」
……ああ、本当に死神っているんだ。
あの世が本当にあるなら……
美香ちゃん達に……
また……
あえるかな……
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