第82話 慎重

「ふむ、例の対象の事で可及の用件か……」


先程まで会議中だった帝真一は、執務室に戻った所で秘書にそう告げられ眉をしかめた。


「はい」


「昨夜安田一家を監視していた衛星からの信号が途絶え、しかもその日の午前中にその対象の件に関する急用で佐藤が会いに来る。点と点を繋ぐ確実な根拠はないが……事が連続して動く以上、何らかの因果関係があると疑うべきか」


安田親子、もしくはどちらかが魔法使いである事を前提に帝真一は考え込む。


「魔法の事が分からない以上、過小評価は避けるべきだ」


彼は魔法に関して深い知識を持ち合わせてはいない。

その最大の要因は、日本という国では魔法が制限されてしまう謎の現象があったためである。

そのため、国内で活動する彼にとってこれまで魔法は脅威たりえなかった。

要は優先順位が低かったのだ。


――そして不明だからこその、強い警戒。


「最大限評価するとした場合……監視されている事に気付き、衛星を何らかの方法で攻撃。その後監視者であった佐藤の元に短時間で辿り着き、何らかの方法で懐柔して彼を手足の様に動かす。そして準備万端の状態で佐藤に同行し、ここに乗り込んで来る。そんな所か……」


今の状況で考えうる最悪を、帝真一は想像する。


もしこの想像が当たっていた場合、佐藤と迂闊に接触する事が危険である事は間違いないだろう。

だが魔法の事を詳しく知る人間がこの場に居たなら、その想定をきっと鼻で笑っていたに違いない。


――そんな事は不可能だと。


行動自体は、衛星への攻撃を除けば優れた魔法使いなら可能ではあるだろう。

問題はスピードだ。

昨日の今日でセキュリティレベルの高い帝真一の元まで辿り着くのは、いくら何でも現実的ではない。


――そう、普通であれば。


だが帝真一は魔法を深く知らず、そして知っている者もこの場にはいない。

それ故、最大限の警戒を以って慎重に行動に当たる。


「セキュリティレベルを最高レベルに引き上げさせろ」


帝真一が秘書にそう命じた。


「名目は私の命を狙う危険な魔法使いの迎撃だ。捕獲は考えなくていい」


「畏まりました」


「私は念のためこの場から退避する。用意しろ」


セキュリティを過信せず、迎撃を突破された場合に備えての退避。

万一に備えるその慎重さは評価に値するといえるだろう。


だが彼は知らない。

下手に身を隠すという行為が、無駄な手間を増やされた勇者の怒りを買う羽目になる事を。


まあもっとも……怒りを買おうが買わなかろうが、彼の悲劇はもうこの時点で決まっている訳だが。

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