第2話 学校

「行ってきます」


この世界に復帰して三日。

学生服を身に着け、俺は学校へと向かう。


「いや、しばらくリハビリと検査の為に入院を――」


そう医者からは止められたが、俺は元気に体を動かすところを見せて、翌日には退院している。

帰還前の能力がこの体に付与されているので、検査やリハビリなんて不要だったからだ。

正に絶好調。


ま、仮にもし調子が悪かったとしても、回復魔法で治せばいいだけの事。

異世界で手に入れた魔法もスキルも、当然の様に使える。


「確かこっちだったよな」


うろ覚え気味な記憶を辿り、学校へと向かう。

何せ25年ぶりだ。

流石にバッチリとは覚えてはいない。


――俺が通っていたのは、確か近所の底辺高校だったはず。


自分で言うのもなんだが、転生前はびっくりする程頭が悪かった。

俺自身は知らなかったが、どうやらちょっとした脳の障害があったらしいので――神様から聞いた――そこにしか入れなかったのだ。


もっとも、今は異世界で手に入れた能力や機能がこの体にプラスされているので、障害は完全に快癒している状態だが。


「あってるな」


少し歩くと、同じ制服を着た奴らが増えて来た。

ちゃんと道はあっていた様だ。


しかし、登校する学生共そいつらを見て思う。


いまいちだな――と。


異世界では、西洋風の美男美女が非常に多かった。

不細工なんてほとんどいない状態だ。

それに比べると、どうしても顔面レベルの低さを感じてしまう。


ま、俺もその中の一人なんだが。


異世界の体はかなりイケメンだったというのに、それに比べ本来の俺の顔ときたら……残念とは言わないまでも、平凡極まりない顔である。


「うーん……何組だっけ……」


校門を抜け、校舎の前で立ち止まる。

1年なのは確かだが、如何せんクラスが思い出せない。

25年前である事と、元が頭に障害があった事によるダブルパンチ的弊害だ。


「おいおい。馬鹿たかじゃねぇか。車に轢かれたって聞いたけど、お前生きてたのかよ」


鼻にピアスを付けた、赤髪の頭の悪そうなやつが話しかけて来る。

横にはピンク頭のケバ女がおり、そいつと腕を組んでいた。


馬鹿たか……ひょっとして俺の渾名あだなか?


障害があったので相当頭が悪かったんだろうが――よく覚えていないが――ろくでもない渾名を付けられてるな。

俺。


「ああ、まあなんとか。所で俺のクラスって、何組だったっけ?」


「……は?おいおい、マジかよ!お前馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、たった一ヶ月で自分のクラス忘れるとか。どんだけ真正の馬鹿なんだよ」


「ギャハハハ、なにこいつ?池沼?」


「いや、その……頭を強く打ったらしくて。かなり色々忘れてしまってるみたいなんだ」


覚えていないのは事故のせいという事にしておく。

その方が都合がいい。


しかし……下品な笑い方をする女だな。


こいつが母さんと同じ生き物とは到底思えない。

ゴブリンの血でも混じってそう。


「はっ!そうかよ!なんか態度がおかしいと思ったら、そう言う訳か」


「?」


「まあいい。俺は優しいから教えてやるぜ。A組だよ。地獄のな」


地獄?

何言ってんだこいつ?


「しかしこいつは傑作だぜ。さっさと行って、クラスの奴らにおしてえやらねーとな」


鼻ピー赤毛が、楽しそうに女を連れて校舎に入っていく。


しかし……どう考えても俺の知り合いだよな?


だがどういう訳だか、名前が全く思い出せなかった。

冗談抜きで、事故の影響で記憶が飛んでいるのかもしれない。


「ま、いっか」


母の事を忘れていたら大ごとだが、クラスメートの事なんか忘れてもさして支障はない。

幸い記憶喪失をクラスの皆に伝えてくれるそうだから、それに乗っかっておけばいいだろう。


「ここがA組か」


鼻ピーの気配を追い。

無事クラスに到着する。


「ん?」


それまで教室内で談笑が響いていたのに、俺が入った瞬間、唐突に教室がシーンと静まってしまう。


実はこのクラスではないとか?

いや、それにしたって急に全体が静かになるなどありえない。

何だってんだ?


「よお、馬鹿たか。お前記憶喪失なんだってな?」


「ああ、まあな」


近くのチャラそうな奴が、ニヤニヤしながら声をかけて来る。

このクラスの人間は、というかこの学校全体はと言った方が正しいか。

とにかく、底辺高校であるここはカラフルな頭の色の奴が多かった。

だがこいつは黒髪なので、案外真面目な奴なのかもしれない。


「それでちょっと悪いんだけど、俺の席を教えて貰っていいか?」


「ははは。自分の席も覚えていないのか?いいぜ、お前の席はあそこだ」


そいつが指さす方向には、他に比べてボロボロの机があった。

そしてその上には、花を生けた花瓶が置いてある。


冗談にしても不謹慎……ああ、そういや俺って虐められてたんだっけか。


そのふざけた状況から、ぼんやりとだが昔の事を思い出す。

二十五年前の事だから完全に忘れていた。


そういやさっきの奴、地獄がどうこう言ってたな

それは恐らく虐めの事だろう。


しかし地獄って――


「ぷっ」


大げさな奴だと、思わず思い出し笑いしてしまう。

俺は向こうの世界で、常に生きるか死ぬかを繰り返して来たのだ。

この世界の虐めなど、それに比べれば屁の様な物でしかない。


「あん?」


急に俺が笑ったせいか、目の前の男子が怪訝そうに顔を歪める。


「ああ、いやなんでもないんだ。教えてくれてありがとう」


礼を言って自分の席に向かう。

上には花が置いてあるが、さっきの今で虐め様に新しく用意できたとは思えない。

恐らく、教室に備え付けられていた物を使ったのだろう。


しかし、程度の低い虐めだな。


これが異世界なら、花瓶に近づいた瞬間大爆発していた事だろう。

ああ、それは虐めじゃなくて暗殺か。

まあどっちでもいい。


周囲を見渡し、取りあえず後ろにあるロッカーの上に花瓶を置きに行く。

すると、体のゴツイ奴に遮られた。

髪の毛を紫色に染めた、ゴリラみたいな顔をしている。


「おい。折角俺が飾ってやった花をどけてんじゃねーよ」


どうやらこの幼稚な虐めをやったのは、このゴツイ奴の様だ。

見た目の割にせこい真似をする奴である。


「どちらさまでしたっけ?」


「へっ。他田の奴が記憶喪失つってたのは、マジみたいだな。覚えてたらそんな口、俺には絶対聞けないだろうからな」


ゴリラは目を見開いて、超至近距離から俺の顔を睨みつけて来る。


……無防備な奴だな。


顔を突き出して覗き込むその姿勢は、首元が隙だらけだ。

俺が敵なら、その喉は潰されてもおかしくない訳だが?


――まあやらないけど。


「忘れちまってんだったらよぉ。思い出させてやるよ。俺の恐ろしさをな」


呆れていると、急に胸ぐらを捕まれる。

睨んだのに俺がビビらなかったのが気に入らなかったのだろう。

ゴリラは暴力に訴えかけて来た。


「おらぁ!」


奴はその体勢から、膝蹴りを俺の体に入れようとして来る。

喰らってもたいして痛くはなさそうだが、そもそも喰らってやる謂れなどない。


俺は奴の膝を空いた手で受け止め。


そして関節を――握り潰した。


「ぎゃあああああああああああ!!」


相当痛かったのだろう。

教室にゴリラの雄叫びが響き渡る。


ちょっとやりすぎたかな?


つか、膝砕いたぐらいで痛がりすぎだろ。

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