第63話 挨拶

「ちっ……」


夜遅く、人気のないジムの椅子に腰かけ俺は舌打ちする。


学校で倒れてから三日。

やっと目の痛みが治まり学校に行くと、俺が安田にワンパンでやられたという噂が広まってしまっていた。


勿論そんな訳がない。

俺が倒れたのは能力スカウターの不具合である。

だが周りの奴からは、見えない程の速いパンチで俺がやられた様に見えてしまった様だ。


そしてそのせいで、シャークバイトは三日でメンバーの半数が抜けてしまっていた。


恐怖や力で縛っている集団に、義理人情なんてものは存在しない。

なのでトップが一度無様を晒すと、瓦解するのは一瞬である。


「この状況を挽回するには、安田をぶっ飛ばすしかないんだが……」


だが安田の戦闘力は未知数だ。

あの時横にいた取り巻ののデブですら250もあった事を考えると、それ以上の可能性が高い。


「いや、どう考えてもあれはエラーだよな」


胸元に謎の2000が見えていた事を考えると、もうあの時点でエラーが出ていたと考えるべきだ。

どう見ても、あのデブは強そうには見えなかったからな。


まあ安田はそれ以上に弱そうだった訳だが……


まあこの際見た目はともかく、安田の強さがギャオス以上なのは確定している。

無様を晒して四天王が半分抜けてしまった今、戦闘力が分からない奴に仕掛けるのは余りにもリスクが高すぎる。


「せめてスカウターで能力が確認出来れば……」


能力はあの日以来失われていた。

もし残っていたなら、遠くからでも確認が出来たというのに。


「おう。なーに暗い顔して独り言ぶつぶつ言ってんだ?」


考え事をしていると、急に声を掛けられる。

声のした方に視線をやると、そこにはジムの先輩である山根さんが立っていた。


「や、山根さん!お久しぶりです!」


この人は元プロの格闘家で、切れると見境なく暴れまわる姿から狂犬と呼ばれていた男だ。

その行き過ぎたラフファイトで所属団体から追い出されて以降は、やばい連中とつるんでいる。


「薬使ってっか?欲しくなったらいつでも言えよ、また格安で譲ってやるからよ」


例の薬の入手先はこの人だ。

格安とは言っているが、それが実際本当に安くなっているのかは分からない。

数の出回っていない違法薬物だから、適正価格などあってない様な物で確認しようがないからな。


まあ値段に見合った効果があるのは認めるが。


「あ、はい。その時は宜しくお願いします」


山根さんには愛想笑いで返事しておく。

売りたいからもっとジャンジャン使えと言いたいんだろうが、薬なんか乱用しても良い事はないからな。

それぐらいは、頭の悪い俺にも分かっている事だ。


「おう、いつでも声かけな。んで?なに悩んでたんだ?せっかくだ、俺が相談に乗ってやるぞ」


「実は……」


自分の失態を口にするのは憂鬱だが、下手に誤魔化して機嫌を損ねてもいい事は無い相手だ。

俺は何故倒れたかはぼかす形で、ダークソウルとの一件を山根さんに伝える。


「ははははは!なんだそりゃ!これから喧嘩しようって所で、体調不良で倒れた?ひっひひ、いくら何でも間抜けすぎだろうが!」


俺の話を聞いた山根さんが腹を抱えて豪快に笑う。

此方としては全く笑い話ではないというのに、いい気な物である。


「はぁ……はぁ……あー、久しぶりに笑ったわ。まああれだ。要は、安田ってのを何とか出来ればいいんだろ?」


「ええまあそうなんですが。でも、今回の一件で一気に戦力が減っちまって……」


「それなら俺に任せな、実は――」


山根さんがポケットから透明な袋に入った錠剤を取り出す。


「それは?」


「ハードブーストの改良版だ。持続時間が減って副作用もちーとばかしきつくなるが、効果はノーマルの比じゃないぜ」


「そんな物が……」


「まあ値段の方も高くつくが……これさえあれば安田って奴もイチコロよ。どうだ?」


魅力的なブツではある。

だが、やはり副作用がきついというのが気にかかる。


「そんな深く考えんなって。一回や二回使ったぐらいならどうって事ねぇからよ」


「……そうっすね」


ギャオスはやったし、今の俺にとっての最大の障害は安田だ。

奴さえぶっ倒せば、手っ取り早く全部元通りになるはず。


……一回使う位なら、きっとどうって事は無いだだろう。


そう判断し、俺は改良型を三つ程山根さんに売って貰った。

俺自身と、残った四天王二人用に。

出費はかなり痛かったが、まあそれはおいおい学校の奴らから巻き上げればいい事だ。


「よし、飯でも食いに行こうぜ!今日は俺の奢りだ!」


「ありがとうございます」


ジムを出て山根に連れられて飯屋に向かう道中、俺はコンビニから出て来た太った人物に目がいく。


「ん?アイツ……」


「どうした?あのデブ、お前の知り合いか?」


「いや……あいつはさっき話した安田の所のナンバー2です」


「はーん、強そうには全く見えないぞ?ほんとにあいつがダークソウルってチームのナンバー2なのか?」


女共は自分達がナンバー2と言っていたが、アレは論外だ。

安田と仲良く並んで行動していたあのデブこそ、ナンバー2である可能性が高い。

そもそも見た目で言うのなら安田もそうなので、戦闘力250はエラーだとしてもそこそこはやるはず。


「多分ですけど……」


「ふーん……まあ何にせよ、安田って奴と親しいってんなら挨拶は必要だよな?」


「まあ……そうですね。いや、是非そうすべきですね」


安田を叩くにあたって、前もって邪魔な手下を削っておくのは悪くない。

さすが山根さん。

その辺りをよく熟知してる。


……俺と山根さんのコンビなら、負ける心配もないしな。

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