第4話 勧誘

「お、おい相田大丈夫か」


青髪の奴が、倒れている相田に心配そうに声をかける。

さっきこいつ相田の粗相を笑ってた様な?

まあ物事はケースバイケースか。


お漏らしは笑っても、気絶しているクラスメートを心配するぐらいの気遣いは出来るって事だろう。


「お、お前……本当に馬鹿たかなのか」


俺が席に座ろうとすると、校舎の前で話しかけて来た鼻ピー赤毛——俺の前の席――が恐る恐る聞いて来る。

その返事は――


「へぶしっ!?」


――ビンタだ。


「な、な、な、何しやがる」


「俺はふざけた事をする奴には容赦しないって、さっき宣言したばっかだけど?」


「お、俺は只聞いただけじゃねぇか……」


コイツ本気で言ってるのだろうか?


「人の事馬鹿呼ばわりしておいて、何言ってるんだ?」


他人を馬鹿呼ばわりする事が、ふざけた行為に当てはまらないとか本気で考えているのだろうか?

底辺高校に通ってたとしても、流石にそれは分かるだろうに。


「馬鹿たかはあだ名で――ぶぇっ!?」


また馬鹿と言ったので、今度は逆側からビンタする。


「だいたいそのあだ名が既にふざけてるんだよ。喧嘩売ってるとしか思えないんだが?そうじゃないならもうその呼び方はするな」


「う、うぅ……わかったよ。ば……孝仁」


また口にしようとしたが、流石にもう懲りたのか鼻ピーは言葉を飲み込んで訂正する。


「下の名前で呼ばれる程親しくなった覚えはない。安田君って呼べ」


「わ、わかった。安田君」


まあ25年前の事なのでハッキリとは覚えていないが、馬鹿呼ばわりして来るこいつが親しかったなんて事はないだろう。

そういや俺、高校に友達なんていたっけかな?


「……」


そういや、一人だけ居たっけか……


山田太郎。

このクラスの学級委員長だった奴だ。

物凄くまじめな奴で、そして――


いつも俺と一緒に虐められていた。


ああ、そういやそうだった。

一緒に耐える仲間がいたからこそ、虐められてても挫けなかったんだよな、俺。


「いないな」


視線を巡らせ、クラス内を確認する。

だが山田の姿は見当たらない。

まだ登校してないのだろうか?


時計を見ると、もうじきホームルームが始まる時間だ。


真面目な彼が遅刻するとは考えられないのだが……


相田の方を見ると、さっき声をかけていた奴に連れられて保健室に行くのが見えた。

まったく、あの程度で大げさな。


「ホームルーム始めるぞー」


担任の教師が入って来て、ホームルームが始まるが山田はやって来なかった。

その後授業が始まったわけだが……


……全然わからん。


25年ぶりの登校だから仕方がないとはいえ、完全にちんぷんかんぷんである。

元々頭が悪かったってのもあるしな。

まあ以前と違って記憶力はけた違いに上がっているので、しばらくすれば普通について行ける様にはなるだろう。


――昼休み。


「安田ぁ。昼飯一緒に食おうぜ」


母さんが持たせてくれた弁当を食べようとすると、オレンジ色のツンツン頭の女子と、金髪の女子が声をかけて来た。


「誰だっけ?」


ぶっちゃけ、この二人の事を覚えていない。

仲良くしてたなら多少は覚えていただろうから、別段親しくないのだけは分かるが。


「おいおい忘れたのかよ。って、そういや記憶喪失だっけ?」


「あたしはショーコで、金髪のブスがエミだ」


「ばーか、ブスはおめーの方だろうが」


安心しろ。

両方ぶすだ。

まあ顔が酷いって訳ではないが、言動でマイナス100点満点。

異性としては論外である。


「にしても安田おめー、喧嘩強かったんだな」


「相田とかにいつも弄られてっから、ぜったい陰キャキモオタだと思ってたわ」


本当に口が悪い奴らだ。

二人は俺の返事を待つことなく、横と前の席——誰かの席――をくっつけてその上でパンの封を開けだす。


「酷い言われようだな。まあいい。それより、今日は山田が休みみたいなんだけど」


文句を言ってもしょうがないので、俺は気になっていた山田の事を2人に聞く事にした。


「山田?」


「おいおいショーコひでーな。山田っつたらデブ丸だよ、デブ丸」


「ああ、デブ丸ね」


なんちゅう渾名を付けてやがる。

まあ確かに、俺の中の山田はかなり太ってたけども。


「そういやあいつ、ここ何日か見てねーな」


「確かなんか怪我したってセンコーが言ってたような」


「そうか」


怪我で何日も学校を休んでる……か。

少し気になるな。

後で担任に住所聞いて、見舞いにでも行ってみるとしよう。


「それより安田、うちに入りなよ」


「うち?」


金髪のエミがパンを齧りながら、意味不明な事を言って来る。

何言ってんだこいつは?


「そうそう、相田んところはギャオスとかがいるし、うちのチームに入ったらあいつらも簡単に手出しできない筈だからさ」


ギャオスって誰だよ?

この学校には怪獣でもいんのか?


まあでもチームって言ってるし、この学校にはどうやら不良の派閥があるみたいだな。

急に女子2人が寄って来たから何ごとかと思っったけど、どうやら喧嘩の強い俺をヘッドハンティングに来た様だ。


「まあ考えとくよ」


下らない話すんな失せろ。

と追い払いたい所だったが、二人には山田の事を教えて貰ったからな。

一応、最低限顔を立てる程度の穏やかな返事をしておく。


まあ絶対に入るつもりはないけど。


「おいおい、こんな美女二人が声かけてんだぜ。そこは即入りますだろ」


「そうそう。絶対楽しいぜ」


二人がぐいぐいと押して来る。

物理的に、上半身を乗り出して態と胸元を見せる感じで。

そんなもん俺に通用するかっての。


「まあとにかく、考えとくよ」


二人の勧誘がウザかったので、せっかくの母さんの弁当だったが仕方なしに早ぐいしてさっさと教室を後にする。


まったく……

これなら気を効かせず、ハッキリと拒絶した方が良かったな。

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